ちくま新書

皇位継承危機をどう検討すべきか?

天皇とは。皇族とは。喫緊の難題である皇位継承問題をはじめとして、すべての皇室問題を考える前に知っておきたい皇室制度の基礎を第一人者が解説した『皇室法入門』の「はじめに」を公開します。

 本書の意図は二つあります。一つは皇室制度の基本的な仕組みと内容を説明することであり、もう一つは制度が現在直面している課題を解決するための考え方を示すことです。
 平成三十一年(二〇一九)四月三十日をもって平成の御代は終わりご譲位により皇位は途切れることなく継承され令和の御代を迎えました。
 そうした中、平成時代から引き継がれた課題が残されたままになっています。
 動きがないわけではありません。天皇の退位等に関する皇室典範特例法(平成二十九年〈二〇一七〉公布)の法案裁決に当たっては衆参両院でそれぞれ附帯決議がなされ、お代替わり後速やかに安定的な皇位継承を確保するための方策を検討することとされています。
 皇位継承問題については国民的議論が必要といった論調のマスコミの記事もしばしば見かけます。本書のなかでも述べますように、国民が皇室制度の中にあって重要な役割を担っていること、そして制度を享受する立場でもあることを考えれば当然の提言と言えるでしょう。
 ただ、どのような形でどのような点について議論を行えば国民的議論と言えるのか。これは具体的な在り方を考えるとかなり難しい問題です。
 皇室制度についての議論をめぐる現在のこうした状況を前にして、私のできることは極めて限られていますが、行政法の研究者として制度に向き合ってきた一人の立場から、せめてもの気持ちで本書をまとめることにしました。

 本書の概要を述べてみます。
 序章では皇室制度の根本にある価値(象徴・世襲)と制度の主体(天皇・国民・政府)などを説明しました。これによって後に続く各章で説明する個々の制度が何を目指し何により支えられているかが理解しやすくなるのではないかと考えています。
 とはいえ、象徴制・世襲制の説明は具体的ではない箇所もあるために、わかりにくいと感じられる方もいるかもしれません。その場合は第四章まで読まれて象徴制・世襲制の具体的な内容に接してから、もう一度序章を読まれるとわかりやすくなるのではないかと思います。
 第一章では天皇の地位について述べています。天皇が象徴という地位であることと世襲による地位であることのそれぞれの背景と皇室制度全般との関係を説明します。こうした特別な地位にあることによって人権がいかに制約されるかについてもここで述べます。天皇はじめ皇室を構成される方々が制度上いかに大変なお立場に置かれているのかを理解いただけることでしょう。
 第二章は、いわば天皇の行為論になります。特に象徴制との関係で意義深い天皇の行為について法的な枠組みと国民の受け止め方を説明し、様々な制約のある中で、皇室のご活動が象徴天皇制度を支える上でいかに大きな役割を果たしているかが読者に伝わればと思います。皇室制度の将来について考える際、この皇室のご活動の意義という観点も忘れないでほしいと考えています。
 第三章は、皇族制度全般について説明します。皇族は天皇に連なるお立場から天皇をお支えする方々であること、その中でも特別なお立場にある皇后、皇太子の役割などを特記して見ていきます。皇室典範特例法による身分である上皇、上皇后、皇嗣についてもあわせて述べます。上皇は皇族ではない特別の身分ですが本章で述べます。
 また今後の皇室制度議論に関連がある皇族の身分の得喪、皇室の規模についてもここで述べておきます。
 第四章は、皇位継承制度について制度の概要を中心に説明し、同章の最後で継承制度の課題に触れ、終章につなぐこととしました。皇位継承資格、皇位継承順序、皇位継承原因のそれぞれの制度は、制度自体はさほど複雑ではありませんが、制度の背景にある歴史、思想、社会的意味は大変奥深いものです。制度の議論に読者が参加されるための前提として、制度の基本を理解いただければと願っています。
 終章では、皇室制度が将来も安定した制度として続くためにどのような議論が望ましいか考え方をまとめました。中心となっているのは皇位継承制度、とりわけ皇位継承資格の問題です。ただし本書ではこの問題について読者にお考えいただくための観点を提示することとし、皇位継承制度の改正方向について私見を述べることは控えました。皇位継承制度の問題は国民が総合的に判断をして結論を出すべき問題であり、私がすべきことは法制度面からの説明であって議論の方向を示唆することではないと考えているからです。

 皇室制度は多面性を持つ制度です。皇室制度の背景には制度を支える様々な価値観・皇室観があり、そして皇室制度によって実現が期待される価値も大変幅が広いことが本書を通じて少しでも伝わればというのが著者の願いです。
 皇室制度は様々な価値を包含するとともに価値観が錯綜している制度であることを念頭に置き、この複雑さを受け入れた上で何を優先することが正統な制度を維持することになるのか、読者にはご自身で皇室像を描きつつこれからの皇室制度を考えていただければ幸いです。どこまで執筆の意図が実現しているかは読者一人一人にご判断いただくしかないと考えますが、皇室制度が永く続くために慎重で冷静な国民的議論が今後進められ、議論に当たっての一助になれば、著者としてこれ以上の喜びはありません。

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