ちくまプリマー新書

あなたは森鴎外を知っていますか?

海堂尊『よみがえる天才8 森鴎外』新刊エッセイ

軍医トップであり稀代の作家、多才な顔を持つ森鴎外の決定版伝記『よみがえる天才8 森鴎外』に寄せて、著者の海堂尊さんが、執筆の経緯も含めたエッセイをPR誌「ちくま」にお書きくださいました。「理解困難」で「途轍もない沼」である鴎外が「丸わかり」になる本書誕生の経緯とは?

 2022年は「森鴎外没後百周年」だという。メモリアル・イヤーに鴎外の「簡潔な」評伝を刊行できて嬉しい。
 ただしこれは狙ったわけではない。普段の私なら、そうしたことを狙っていることが多いのだけれども。
 私が鴎外の評伝を書くことになったのは「ピタゴラスイッチ」のような経緯である。詳細は本書の姉妹編『よみがえる天才7 北里柴三郎』と『奏鳴曲 北里と鴎外』(文藝春秋)を併読していただくとわかるが、要は北里の物語の脇役・鴎外がどんどん出張ってきて、W主役になってしまったのだ。なので小説のタイトルも北里中心の「雷鳴」から二人の物語の「奏鳴曲」に変更した。そこに「北里柴三郎を書いていただけませんか」と「ちくまプリマー新書」の担当編集者から執筆依頼があった。その鴨葱依頼を受け、返す刀で「森鴎外」も書きたいと申し出たら、企画が通ったという次第である。
 ところが鴎外は途轍もない沼だった。私の自宅は市ケ谷で、神保町の古本街は散歩コースなので、関連図書はかなり集めることができた。ところが鴎外の場合、やってもやっても後から後から資料が出てくる。それもそのはず、鴎外関連の研究書はゆうに一万冊は超えるそうだ。(森鴎外記念館副館長談)。
 おまけに私は凝り性で、評伝を書くため小説まで読み始めた。文語体は読みにくいがストーリーは面白いし、短編が多く切れ味鋭いので、読んでいて楽しい。この年になって鴎外再発見、すっかり嵌まってしまった。やれやれである。
 今さら私が言うまでもないが、鴎外は多才な天才である。
 陸軍軍医の最高位・軍医総監に昇り詰めている。軍医の実体は官僚なので、一般的な世渡りもこなしたわけだ。また文学者としての業績は創作のみならず文芸評論、翻訳の分野でも一頭地を抜き、多岐にわたる分野に関わり執筆量も膨大である。
 岩波書店刊行の「鴎外全集」は分厚い書籍で全38巻。おまけに衛生学と文学の評論誌まで刊行していて、出版社主や編集者の顔まで持っている。
 鴎外の人生は理解困難である。彼は詳細な日記をつけていて、その記述の詳細さに引きずり込まれてしまう。しかし、たとえばドイツ留学がどのようなものだったのかもわかりにくい。「独逸日記」が有名だが、そこには行動の理由や感想が記載されておらず、事実のみが書かれている。彼の日記は周辺状況を加味しなければ、真の事情には到達できない。
 鴎外は都合の悪いことは書かない、あるいは削除する癖がある。それで一層わけがわからなくなる。饒舌だが、そのお喋りにつきあっていると次第に実相から遠ざかる。鴎外は韜晦(とうかい)の名手なのである。正直、私は「独逸日記」ではなく、その原本となったであろう「在徳記」を読んでみたい。
 本評伝では編年体で、何年に誰と何があり、なぜ、そしてどのように起こったか、つまり「5W1H」を「明快かつ簡明に」書いた。そうした書籍こそ『奏鳴曲』執筆に必要でまた、これまで成書に見当たらなかったものだからである。相当部分を網羅した優れた研究書は散見されるが、素人や門外漢は容易に手を出せない、分厚くて高価なものばかりである。
 そこでこの一冊で「鴎外丸わかり」になる廉価本を目指した。
 その目標は達成できたように思う。
 現代では鴎外の本懐はやはり「文学」だろう。彼の作品はその時々の彼を取り巻く環境や鬱屈にインスパイアされたものが多い。たとえば「大逆事件」では、原告の体制側と被告側の双方にアドバイスする立場に立たされ、その鬱屈を短編にしたのが「沈黙の塔」と「食堂」である。次男の不律を百日咳で亡くした時の出来事は「金毘羅」に書いている。
 その意味で彼の作品は「私小説の大河小説」でもある。
 そうした観点から鴎外の小説を読み解こうとした時、本評伝が有能な伴走者になるであろうことは、いささか自信を持っている。

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海堂 尊

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