▼科学をトップに据えた国になぜ学ばない?
海堂 そんな世の中の雰囲気の中、山岡さんのこの本はすごく画期的で重要な本だと思うんです。
僕も医者なんで、中で語られているエピソードのうち7割くらいは断片的に知ってるんですね。でも、それらを総合されて見るってことはこれまでありませんでした。断片としてのピースを一つ一つ嵌めていって、統合して一つのストーリーとして見せるというのが必要なんだな、と。そうか、そういうことだったのかとものすごく納得しましたもん。
僕も『コロナ黙示録』を書くために相当調べたんですが、この本、書く前に読みたかったな、って(笑)。特に、中国の鍾南山*先生、かっこいいですよね。ああいう中国で獅子奮迅でやってるような話、日本のメディアでは全然出ませんでした。
(*編集部注 鍾南山=中国の医師で、2003年SARS、2019-20年新型コロナウイルスの中国国内流行対策に際し、政府の専門家集団の指揮を執った。後者では、ウイルスがヒトからヒトへ移ることを断定したうえで大胆不敵な感染症対策を敢行した。『ドキュメント感染症利権』第1章参照)
山岡 「財新」という中国の独立系メディアの記事が東洋経済オンラインで随時翻訳されて読めましたので、それを追っていました。向こうで書かれたレポートで、現場の医師たちへの情報隠蔽があったり、対応に当たっていた眼科医が亡くなったり、武漢の中がすごい動いているな、と。当時の武漢の動きは本書の第1章にまとめた通りです。
海堂 僕が『コロナ黙示録』執筆中にもしこの本に書かれていることを知っていたら、書き方が全然変わったのに、なんで俺にゲラを送らなかったんだって、今になって編集者に無茶苦茶なこと言ってます(笑)。
山岡 鍾医師の一件は、何か強烈な、象徴的なエピソードですよね。
海堂 日本のメディアでは、一夜にして隔離病棟を築いたこと、中国が巨大な突貫工事をやった、さすが全体主義国家みたいな伝え方しかしていなかったと思うんです。でもじつは、中国のトップも頭が上がらない医学の大御所の言うとおりにしたんだっていう、大事なことが伝えられていません。まさに、日本にない部分ですよ。
山岡 まずは科学に立脚して感染症対策をやるんだと割り切ったら、鍾医師をリーダーにして、徹底的にやらせたという出来事なんですよね。
海堂 だって、全権委任ですから。鍾医師があの瞬間、主席より偉くなってるわけです。
山岡 日本はこの姿勢、このやり方に何も学んでいないですよね。何かこう、日本の官邸にも厚労省にも、中国や韓国、台湾などを見下す浅ましい根性みたいなのが透けて見えますね。東アジア全体で比べてみると、このコロナでの人口当たりの死者数は、日本は今挙げた国よりかなり多いというのに。
海堂 本に書いてありましたね。あれも衝撃でした。
山岡 「日本モデル」とかって胸張って言っていましたが、比べる相手が違うだろうと言いたい。
海堂 日本モデルって言いながら出てくるのは、黒塗りの公文書ですから(笑)。
山岡 大事なところは隠すのが「日本モデル」っていう。
海堂 黒塗りでこれをまねしろって言われたって、どうまねするのかって思いますよね。本当に支離滅裂なんです。日本のやってることは、論文にできないことばかりです。論文にできないから、オーソドックスな手法になり得ません。ということは、何をやっても責任の取りようもないし、ひどい話です。
山岡 論文になっている世界のスタンダードと日本のやり方がことごとく違ってきているという話を、パブリックヘルス、臨床疫学の専門家から聞いたことがあります。日本はそういうスタンダードを、いつから見下すようになってしまったのか。
海堂 それは見下してるんじゃなくて、ついていけないからネグレクトしているんです。中韓に対してもそうですが、もうITとかいろんな分野で完全に抜かれてることを自覚しているから、目を逸らしてるんですよ。
山岡 見ないようにしているだけ?
海堂 見下すには上から見なきゃだめですが、見たらもう上にいるんだから(笑)、見上げるしかないのです。それで目を背けて、昔はよかった、と言っているだけです。
山岡 なるほど、そうかもしれない。
海堂 何度も言いますが、中国の対応で鍾南山さんのエピソードなんて、現地の記者は簡単にアクセスできるはずですよ。それが全く報じられないわけでしょ。もうメディアだって完全に思考停止プラスネグレクトですよ。