ちくま学芸文庫

人はどうしてレストランに行くのか

レベッカ・L・スパング『レストランの誕生』解説より

COVID-19の蔓延で外食がままならない状態が続きましたが、この経験で、「だから自分はあの店が好きなんだな」と、お店に対する認識をあらたにされた方も多かったのではないでしょうか? 美食の国フランスではなおさらだったようです。人はどうしてレストランに行くのか? レベッカ・スパング著『レストランの誕生』を手掛かりに、パリ在住の関口涼子さんに解説していただきました。

 「レストラン」がどのようにして生まれてきたかについては、食に興味がある人ならば、フランス革命後、貴族の元で働いていた料理人たちが職を失い、街に出て店を開き、食の大衆化をもたらしたというエピソードを読んだことがあるかもしれない。そこでは人々の体力を回復(restaurer)させるブイヨンが供され、「レストラン」という用語もそれに由来する、と。それが実際フランス国内でも広く共有されている物語であろう。

 しかし本書『レストランの誕生』は、その説に真っ向から反対するわけではないものの、膨大な資料を駆使して、人口に膾炙する伝説に細かなニュアンスを付け加えていく。革命時に食のシーンに変化が起こったことは疑いないが、外食産業はその前からすでに存在していた。カフェ、仕出し屋などがそうだった。最初のレストランも革命前の一七六〇年代にはすでに誕生していたのだ。また、確かに貴族に雇われていた料理人が独立して店を開くこともあったが、その傾向はすでに革命勃発前にも現れていた。

 しかし著者の興味は、革命がレストランを生んだというこれまでの神話を壊すことにはなく、どうして皆が、当時からすでに、レストランは革命とともに生まれ、貴族の特権であった美食の民主化に貢献した、という語りを好んで用いたのかに向かう。筆者によれば、それは、大革命の十年間が、「食卓における新たなモデルの発展と流布、味覚と美徳の関連をめぐる新たな議論、個人の食欲と社会的結合の関係に関する新たな概念など」、食事を共有することの意味について思索を促し、食卓は、質素なものであれ饗宴であれ、重要な象徴を担うものとなったためだという。

 「レストラン」と、それまでに存在した、食事を提供する場所との差はどこにあるのか。それは、皆が同時にテーブルに着くタイプの民宿や、皆が同一料金で同じものを食べ、常連客を主な相手とする食堂とは違い、レストランでは各々が自分の好きな時間に店に向かい、アラカルトで注文し、自分の頼んだ分だけを支払えばいいということだった。そこでは個人の自由が保障される。都市在住の、芸術家や文人など鋭い感性と味覚を持つとされる都市在住の住民だけではなく、旅人としてパリに赴く人間にとってはうってつけの場所だった。

 本書には、ルソー、ヴォルテールなどの思想家から、ロベスピエールなどの革命家まで、フランス史上わたしたちにも親しい名が並ぶ。ディドロを始めとする『百科全書』の著者たちは食に関する項目に多くを割き、ヴォルテールは書簡中で「新料理」の特性を論評した。ルソーの、当時ベストセラーとなった小説『ジュリーあるいは新エロイーズ』や『エミール』などの中に現れるスイスの村の料理は、十八世紀後半のレストランのメニューにインスピレーションを与えた。

 フランス料理が世界的に有名なのは、決してかの国の料理が他の食文化に勝るからではない。どの国の食文化もそれぞれに興味深い。しかし、フランス料理史に他と比べて特筆すべき部分があるとすれば、それは本書に描かれるような、料理と思想、文学、政治などの関わりだろう。社会や政治と関わりを持っていない食はありえないが、どの文化もそれについて同じように言葉を費やしているわけではない。本書は十八世紀半ばから十九世紀までの食を舞台としているが、この本を読むことでわかるのは、レストランの誕生がどのように当時の都市と農村の人々の動き、また、メスメリスム(動物磁気説:あらゆる生物には動物磁気があると考え、それを用いて治療を試みること)や、瘴気が病気をもたらすとか食べ物が胃の中で「料理する」とかという説も含めた健康に対する概念、そして個人という概念の生成などと結びついていたか、ということだ。

 また、混ぜ物のない簡素な料理、複雑ではない流通経路など、現在にもつながる論争が当時すでに現れていることも興味深い。自然になるべく手を加えない新料理の現れについては、今日再び同じような流れが世界的に起こっていることを指摘できる。

 十九世紀に入ってからのレストランは、旅行記だけではなく、物語にも歴史的書物にも繰り返し様々に描かれる場所となった。それは、レストランがフランス、そして特にパリに特有の現象として捉えられていたからだ。もちろんフランスの他の地方にも、カフェ、居酒屋、宿屋、キャバレーなどの飲食物販売業が何百軒と存在したわけだが、それらはレストランとは捉えられていなかった。レストランは大都市に固有の「快楽の象徴(イコン)」として、紀行作家や劇作家などの作品に表れていたからだ。他の都市には見られない雰囲気を醸し出しながら、同時に旅行者にも、女性にも開かれた空間である。隣国からの旅行客がパリの風俗として何より先に取り上げるのはレストランであり、またレストランは彼らを魅了する場所となる。観光客は、レストランでフランス人の風俗や料理を観察することができたのだ。

 レストランは料理の「豊富な選択を提供し、個別性を強調」する。「パリをメニューに載せる」の項では、この時代のメニューを読むと、季節感は存在せず、あらゆる食材が一度に旬を迎えているようだという。そして、食材の産地は(「オステンド産の牡蠣、ポントワーズ産の子牛」など)詳しく描写され、調理方法にしても、スペイン風、ドイツ風、などの描写に溢れ、あらゆる土地から料理が季節を問わず手に入る非現実的な空間を作り上げるのに貢献しているとする。

 とはいえ、それがフランスの食生活の全体を反映していたわけではない。レストランは、パリという、そこでは何一つとして生産されない都市に限られた現象であり、十九世紀のジャガイモの凶作など、フランスのみならずヨーロッパの各国に不安と暴動を誘発することになった食料状況からはかけ離れている。例えば、当時の風刺新聞は、政治家や代議士などを、晩餐にうつつを抜かす者どもとして描き出している。

 本書は、時には矛盾すると思われるかのような無数のエピソードに満ちているが、それは、「レストラン」が、本書で取り上げられている、十八世紀半ばから十九世紀半ばという、たった百年ほどの間に受け入れた様々な役割を反映している。さらにこの歴史を現在にまで伸ばせば、著者自身の「二〇二〇年版まえがき」にあるように、わたしたちは、自分たちの体験も含め、レストランがその後果たすことになった機能がどれだけ多彩であるかを理解することになるだろう。

 本書『レストランの誕生』が教えてくれるのは、食を巡る舞台はいつの時代も社会を反映し、人々の交流の中心にあるということだ。二〇二〇年のコロナ禍下、フランスのレストランは、国により一時営業停止を迫られた。どれだけ不況であっても、テロ爆破事件などの重大な事態が起こっても、レストランやカフェに自由に赴けない日が来るとは、フランス人は思ってもみなかったはずだ。戦時中でもないのに移動に制限がかけられ、公共空間から国民が締め出され、自宅から一歩外に出る場合にも書類が必要とされるという未曾有の状況が生じた。

 また、フランスのドイツ軍占領下、食料統制が行われた結果、それまでの重厚な調理法の見直しが迫られたのと同様、歴史を見ても、非常事態は常に料理の改革を促してきた。今回も、二〇二〇年秋から半年間続いた、夜間外出禁止令や日中の外出制限により、営業を続けようとするレストランは、レストラン業態ではなく、今まで経験のない仕出しやテイクアウトを手がけることになったり、一時的に惣菜屋的な販売形態を試みざるをえなくなった。それこそ、レストラン誕生以前、十八世紀前半に存在した飲食販売形態に戻らざるをえなくなったわけだ。

 しかしそのことにより、それぞれの料理人が、自分たちが食事を提供するレストランとはどういう場所なのかについて思索を巡らせることになった。海外からの裕福な旅行客を重要な顧客とするガストロノミーのレストランのシェフも例外ではなかった。また、どの国もそうだが、外食産業は長時間労働かつ体力を必要とする職業だ。レストランに従事する料理人やスタッフで、一時失業中初めて人間的な生活リズムを経験した人たちの中には、その後レストラン業に戻らず他の職業に就くことを決心した人や、プライベートシェフや昼だけの営業店舗など、より自分の時間が確保できる働き方を選んだ人もいる。二〇二〇年から二一年にかけて実に十二万人がフランスにおいてレストラン業界の職から離れたという。このことにより、既存の労働体系も変化せざるをえないだろう。

 また、お客であるわたしたちにとって、レストランとは、単にお腹を満たす場所ではなく、人と出会う場所であり、街の魂とでもいうべき、灯りをともす場所だということが身にしみて理解されるようになった。それは、日本でも同様であっただろう。営業停止こそはなかったものの、酒類提供禁止など、飲食業界に携わる人たちには苦難の一年となった。今後、十年、二十年経って振り返った時に、この年に起こったことがどのようにレストランの歴史の中に書き継がれることになるのか、それを想像してみることは、今後のレストランのあり方についても考える機会になるだろう。この苦境を乗り越え、私たちの住む都市、国はどのような役割と場を再びレストランに提供することができるのか。それを長い時間軸で考えていくためにも、本書が比較と示唆に富んだ一冊であることに間違いはない。

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