ちくま文庫

全部「五万点」な傑作選
伊坂幸太郎編『小説の惑星 ノーザンブルーベリー篇/オーシャンラズベリー篇』刊行記念インタビュー

「小説の凄さ」を知りたいけれど、一体何から読めばいいのかわからない。物語は好きだけれども、小説以外に漫画や映画、アニメ、舞台、数多のエンタメ作品はある――。そんな人にこそ届けたい、作家・伊坂幸太郎が究極の短編だけを選んだ二冊のアンソロジー『小説の惑星』。刊行までの舞台裏を伊坂さんにうかがいました。

 

各作品、こぼればなし

――収録作や収録作家について、あとがきもかなり熱く書かれていましたが、さらにそこにも入りきらなかったこぼれ話、エピソードなど、ありますか? ノーザンブルーベリーから順番に……。

伊坂 まずは眉村卓さんですね。小学生の頃は、眉村さんの本ばっかり読んでいた記憶があって、超能力ものとかが好きなのって、そのせいなのかな? と今になって思います。短編集だと『六枚の切符』(講談社文庫)も好きで今でも持っているんですけど。ただ、僕、読んだ本の内容を読んだそばから忘れちゃうので(苦笑)、覚えているものは少なくて。そんな中でも、「賭けの天才」の内容は四十年近くずっと覚えていたんですよね。タイトルを覚えていなかったので、いろいろひっくり返して見つけました(笑)。

 井伏鱒二さんの「休憩時間」は、図書館で『井伏鱒二全集』みたいなのを手に取って出会って、あまりに自分好みだったので、帰りにそのまま本屋に寄って、本を探した記憶があります。読んだのが全集だったために元々はどの本に入っていたかわからなかったから、いくつも書店を回って、棚を片っ端から見ていって。もうひとつ候補に挙げていた「ジョセフと女子大生」も最後の、モナリザの絵のくだらないオチがほんと可笑しいので、読んでほしいです。

 谷川俊太郎さんは、通っていた大学の生協で詩集をみつけて。僕、詩というものへの感性が乏しくて、詩集って全然読んでないんです。小説家って詩への感性がある人も多い気がしますし、「だから自分はダメなのかな」と時々、思っちゃうんですけど。僕はマンガ脳というか(笑)、サービス精神を求めちゃうのか。でも、そんな僕でも、谷川さんの詩集は面白くて。平易な言葉で書かれているのに、奥深いですし。言葉で物をデッサンするような作品もあるんですが、小説家ってこういうことができないといけないんだろうなあ、と学生のころに思った記憶があります。今、自分がそういうことができないのに小説を書いちゃっていますけど(苦笑)。「二十億光年の孤独」とか、タイトルからしてどきどきしますが、読めばもっと好きになりますし、ずるいです(笑)。

 町田康さんは、あとがきでも書きましたが、具体的な作品名よりも「この作家を入れたい」と浮かんだ方でした。高校生の頃、バイト代でレコードを買って以降、ずっと音楽活動をされている町田さんのファンだったんです。だから、小説を書かれたときはすごく驚きました。町田さんの小説は、何を読んでも可笑しいというか、語り口が面白いですし、とにかく読んでいること自体が幸せなんですよね。ほかの言語に翻訳したら、そのおかしみが変わってしまう気もしますし、唯一無二で、町田さんが小説を書いてくれたことに感謝、みたいな気持ちになっちゃいます。

 泡坂妻夫さんは、あんなに有名な作家なのに、実は学生の頃はあんまり読めていなかったんです。言い訳させてもらえれば(笑)、僕の高校生から大学生のころまで、「亜愛一郎」ものとか、いわゆる泡坂ミステリーの代表作みたいなものは、ほとんど新刊で手に入らなくて。だから、後追いで読んだ感じでした。ミステリー小説の巨人という意味では、島田荘司さん、連城三紀彦さん、泡坂妻夫さんの三人を同じグループに入れたくなるのですが、「文章の好み」という点でいえば、泡坂さんの文章の飄々とした感じが一番、親近感があって、自分の書く小説は、その三人の中では泡坂さんが一番近いような気もするんですよね。なんて言ったら、泡坂ファンに怒られそうですが(苦笑)。

伊坂 佐藤哲也さんは、デビュー作の『イラハイ』(新潮文庫)を読んだのが、自分が『オーデュボンの祈り』(新潮文庫)を新潮ミステリー倶楽部賞に応募した直後だったんですよ。もしも応募する前に読んでしまっていたら、「『イラハイ』みたいな凄い小説があるなら、自分の小説じゃだめだ」と応募自体やめていたと思うんですよね。もう出したあとでしたし、そこで受賞できていたからよかったものの……タイミング的には危なかったです。それ以来ずっと新作を楽しみにしています。今回、収録させてもらったのは掌編というか、四百字くらいの短い作品なんですけど、この短さだからこそ、センスと、文章力や語彙力の凄さが分かると言いますか、「やっぱり、佐藤哲也さん、すごいな」と改めて思いました。

 一條次郎さんは僕が選考委員を務めていた新潮ミステリー大賞を受賞された方ですね。今回、色々と候補を考えているうちに、一條さんの短編も浮かんできて……一條次郎という作家を多くの人に知ってもらいたい、という気持ちもありますし、やっぱり僕自身、とても好きなので収録したいな、と。一條さんの作品は笑えて、ふざけているんですけど、たぶん、ご本人は真剣に書いているんですよね。どの作品も、独特で、文学なのかエンタメなのか、SFなのかファンタジーなのか、テーマがあるのかないのかも分からなくて。僕自身は、読んでゲラゲラ笑えるだけで、ありがたいなあ、と思っているんですが。
 今回、収録した一條さんの短編は、芥川龍之介さんの「杜子春」を読んでいないといまいち楽しめない気がしたので、そっちも収録したんですが、芥川龍之介さんだったら、「羅生門」や「蜜柑」、「鼻」とか、好きな小説はほかにもあったりします。

 古井由吉さんは大学を卒業した後くらい、会社員のころの通勤途中で結構、読んでいたんです。とにかく文章を読んでいるだけで気持ちよくて。古井さんの作品タイトルの「槿(あさがお)」にちなんで、自分の長編『グラスホッパー』(角川文庫)の登場人物の殺し屋に「槿」と名付けてみたり、「先導獣の話」の冒頭があまりに好きなので、動物が走る場面を書く時は、いつも思い出したりします。『重力ピエロ』(新潮文庫)の競馬のシーンとか、短編「動物園のエンジン」(新潮文庫『フィッシュストーリー』所収)のライオンが一歩を踏み出す場面とか、あからさまに意識していますね。
 デビュー前は、小説を読んで気に入った表現やセリフに線を引いていたんですが、古井さんの小説って文章が良いから、開くと、ほとんどの箇所に赤線引かれていて、あまり意味ないな、と思った記憶があります。

 宮部みゆきさんについても、あとがきで相当書いたんですけど……「サボテンの花」は、僕のミステリーのお手本なんですよね。伏線とか、驚きと感動のまざった読後感とか、「こういうのが書きたい!」と大学生の時に思いました。あの頃、宮部さんの小説は、出れば全部読んでいましたけど、『龍は眠る』も『レベル7』もどれも傑作で、『スナーク狩り』も大好きで。出す本がどれも面白いって、どういうことなんだよ、と思いながら読んでいたかもしれません(笑)。今も、杉村三郎シリーズとか、読みやすいから気づきにくいですけど、かなり難易度の高いことをやっていると思うんですよ。僕が言わなくてもみんな知っていると思いますけど(笑)、本当にすごい作家です。