遠い地平、低い視点

【第27回】部族化する世界

PR誌「ちくま」9月号より橋本治さんの連載を掲載します。

 もしかしたら、世界中の政治指導者はバカになっちゃったのかなという気がします。
 イギリスがEUから離脱するかどうかの国民投票をやって、「まさか」の離脱になってしまった。キャメロン首相は、「私は首相を辞めるから、離脱に関する交渉は他の人がやることになるだろう」と報道陣に向かって話し、去って行き、自分の胸に付けられたマイクがONのままになっていることにも気付かず、「やった!」の鼻歌まじりでドアの向こうに去って行った。
 キャメロンはEU離脱に反対の人だから、「そうか、離脱するっていうのか」になったら、「俺は知らないよ」で去って行くけど、じゃどうして、そういう「まさか」の結果になってしまう国民投票なんかを「やる」という決断をしてしまったのかと言えば、離脱推進派が「やれ! やれ! 国民投票をやれ!」とせっついたからでしょう。結構な数の離脱派がいて、それにせっつかれるのがいやだから、「じゃやるよ(どうせ離脱なんてことにはならないはずだー)」で国民投票をやって、「まさか」の結果になってしまった。
 そこから「国民投票というものはどんな性質のものになってしまったか」ということを考えることも出来るけれども、それより大きいのは、世界の各国が「国民投票をやれ!」的な二分状態に陥りかかっているということだと思いますね。それが、各国の政治指導者の足許を揺るがせて、「どうしたらいいか分からない」状態を現出させている。「この現実に対してどうしたらいいのか」という前提になる「この現実」が明確に把握出来なくなってしまったから、どうしたらいいか分からない。
 アメリカ共和党の大統領候補がトランプに決まってしまったのだって、「共和党員になった大勢の人間が支持しちゃったから」で、共和党の上の方はトランプなんか認めたくない。イギリスの国民投票のあり方と似たようなもんです。
 トランプがなろうとヒラリーがなろうと、どちらが大統領になったって、それに対して国内を二分するようなアンチ勢力が存在することに変わりはなくて、そのアンチ勢力をおとなしくさせるような方策を新大統領が持っているとは思えない。その上に、今やアメリカは黒人対白人の対立が鮮明になって、部族社会の方向へ進んで行きそうにもなっている。中東やアフガン、更にはアフリカは、国民国家である前に濃厚な部族社会だから、マフィアの抗争のような部族間抗争が起こって、たやすくテロリストを生み出す温床になる。
 中国やロシアには、国内を二分するような争いはない。政治指導者がそういうものを抑え込んでしまうから、国内部族間対立のようなものは「ない」ということになって、国家全体が一つの巨大な部族社会になる。部族というのは、自分達の利益と面子を第一に考えて、「自分達以外の部族との調和」を考えない――というか、「自分達以外の部族との調和の必要性」がよく理解出来ない。「自分達が譲歩する」ということは、「自分達の面子や利益」に反することだから。
 ロシアは国家主導でドーピングをやって、それがバレて「国際競技大会やオリンピックへの出場停止」ということになると、「ドーピングをやってなにが悪い!」とか「ドーピングなんかやってない」とは言わずに、「それはよその国の陰謀だ!」と言う。中国が主張する南シナ海の「九段線」なるものに根拠はないという決定が出ても、中国は「そんなことはない! 根拠がある」とは言わずに、「そんな裁定に従わない!」と言う。
 私はどういうわけか、ここ何カ月かフランシス・コッポラの昔の映画『ゴッドファーザー』三部作を繰り返し見ている。公開時は「アメリカのヤクザ映画か」と思って興味がなかったけれど、見たらこれは「大学出のマフィアの三男坊が、面子と利益だけで生きている他の部族マフィアに攻撃を仕掛けられ、これを乗り越えるたんびに不幸になって、最後はすべてを失って死んで行く」という映画だった。大学出は、部族社会と戦っても勝てない。大学出が部族社会に勝つ方法は、「戦う」ではなく、「宥和」以外ないだろう。
 世界は、部族社会が好きな「戦争」という選択肢を失っている。だから、ヤクザの鉄砲玉みたいなテロリストがあちこちに出現する。戦争に代わる戦いの手段は「経済」で、それがもう限界に来ている。だから、中国は鉄を作り過ぎて困っている。利益偏重ワンパターンの「部族社会が成功する限界」は、歴然とある。ポピュリズムの最大の欠点は、ポピュリズムを選択した人の頭の中に「自分達の幻想の利益」しかないということで、放っておけばこれは破綻する。「部族としての結束」はとりあえず必要なんだろうが、その先で「他との調和の必要性」を学ぶしかない。

 

この連載をまとめた『思いつきで世界は進む ――「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと』(ちくま新書)を2019年2月7日に刊行致します。

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