単行本

核戦争を防ぎ、平和と安全を守る唯一の道とは?
『核戦争、どうする日本?』「はじめに」を一部公開

社会学者の橋爪大三郎さんが、危機感に駆られて書き下ろした『核戦争、どうする日本?』の「はじめに」(一部)を公開します。安保理の常任理事国であるロシアがウクライナに侵攻したことで、「世界は変わってしまった」と橋爪さん。権威主義的な国家が、核兵器をちらつかせながら国際秩序に挑戦するのが、ポスト国連の時代。この危険な時代にあって、平和と安全を守るには何が必要か、日本はどうすればいいかを明快に論じたのが、『核戦争、どうする日本?』です。

 地球があった。
 人びとは、時代という列車に乗って、旅をしていた。
 列車は急にカーブを曲がって、車窓の景色が一変した。新しい時代が始まった。人びとは「ポスト・ウクライナ戦争の時代」だと噂した。
 本書はこれを、「ポスト国連の時代」とよぶ。なぜなのか。その意味は、この本を読み終わる頃には、よくわかるだろう。

 これまでは、「ポスト冷戦の時代」だった。経済のグローバル化の時代でもあった。冷戦が終わった1990年ごろから30年ほど続いた。
 ロシアは10年間混乱し、そのあとプーチンが登場して20年間権力を握った。
 中国は、驚異的な経済成長をとげ、アメリカに並ぶ経済大国となった。
 インドは、経済の離陸を果たし、イギリスを追い抜いた。日本も追い抜くだろう。
 日本は、なすところなく、「失われた30年」の足踏みを続けた。

 この30年間、国際関係はまあ安定していた。
 アメリカの軍事力は突出していた。戦争はありそうになかった。ときどきならず者国家が暴れ出すぐらいだ。
 国際秩序をかき乱す主役は、テロリストのグループだった。アルカイダ、タリバン、IS(イスラム国)、…。アメリカ軍に正規軍で対抗しても勝ち目はない。そこで、武装した怖いもの知らずのグループが、ゲリラ的に戦いを挑む。こういうのを、非対称戦争という。2001年9月11日の、アメリカ同時多発テロ(ワールド・トレードセンターに飛行機が突入した)が、その象徴だ。
 テロリストは、核兵器をもっていない。そこで追い詰められ、順番に始末される。

 この時代が終わった。
 プーチンのロシアが、ウクライナに侵攻した。「特別軍事作戦」だ。ロシアは、核兵器をもっている。国連の安全保障理事会の常任理事国でもある。警察官が、自分で強盗になるような話だ。ウクライナは、核兵器をもっていない。でも善戦している。NATO諸国は、武器を供与して応援している。
 プーチンは、このまま負けるわけには行かない。「核兵器を使うかも、これは脅しではない」と、脅している。この本が出るころには、もう使っているかもしれない。そうでないことを願うばかりだ。
 今回の戦争は、これまでと次元が違っている。ロシアはれっきとした主権国家で、核保有国で、正規軍を動かしている。プーチンが権力を握っている、権威主義的国家だ。権威主義的国家が核を手に、国際秩序に挑戦する。よもやそんなことはあるまいと、世界は油断していた。でも、それが現実になった。世界は新しい時代に入ったのだ。

 権威主義的国家とは、どういうものか。
 まず、核兵器をもっている。核兵器をもっていなければ、暴れ出した途端に、叩きのめされてしまう。
 つぎに、憲法はあっても、ないも同然。憲法は、権力が暴走しないための安全装置だ。それが外れていて、権力は指導者の手に握られている。
 そして、自国を中心に国際社会が回るべきだと、思い込んでいる。妄想である。妄想にとらわれて軍事行動を起こすから、始末に終えない。
 ロシアは、権威主義的国家である。秘密警察が権力の基盤である。
 中国は、権威主義的国家である。中国共産党は、中華人民共和国憲法に規定のない、超憲法的な組織である。その党が、国家と人民を指導する。中国共産党はなにものにも縛られない、独裁的な権力である。
 北朝鮮は、権威主義的国家である。朝鮮労働党が、独裁的な権力を握っている。核兵器も開発した。
 加えて、イラン。イランの憲法には、宗教評議会の規定があって、憲法に縛られない権力をふるうと書いてある。核兵器の開発も進んでいる。そのうちほんものの権威主義的国家になりそうだ。
 そのほか、核兵器をもっていなくて、経済力も大したことはないけれど、専制的な政治をしている権威主義的国家の予備軍は、いくらもいる。核兵器を手に入れたら、権威主義的国家だらけになるだろう。

 プーチン大統領は、地獄のフタを開けた。
 NATOはウクライナを応援している。なんとかこの戦争に勝つことができるかもしれない。核兵器も結局、使われずにすむかもしれない。
 けれども、世界は変わってしまった。もう、元には戻らない。
 東アジアでは、中国が、台湾侵攻のチャンスを狙っている。北朝鮮も脅威である。戦争の足音が近づいている。
 アメリカ上院の外交委員会は、2022年9月14日に超党派で、「台湾政策法案」を可決した。上院、下院の議決をへて、大統領が署名し、法律になりそうだ。従来の台湾関係法(1979年制定)を、一歩も二歩も進めている。とりわけ台湾を、「NATO非加盟の重要な同盟相手」(a “Major Non-NATO Ally”)だとして、NATO加盟国と同様にアメリカが防衛義務を負う、としている。
 2022年には、イギリスの空母やドイツ空軍の編隊も、台湾周辺にやってきた。台湾有事ならNATO加盟国も黙っていないぞ、という意思表示だ。

 アメリカは国力が下り坂で、だんだんこれまでのような役割を果たせなくなる。でも核兵器はもっている。
 そこで、核兵器をもっていない西側の民主主義的な国々は、アメリカの核を頼りに、自分たちで力をあわせて国を守ろうと、ネットワークをつくるのが合理的だ。NATOは、こういう同盟の仕組みである。
 本書はこの、西側の民主主義的な国々の同盟が、北大西洋を離れて、東アジアを含む世界全体に拡大するのがよい、と考える。そして、拡大するだろう、と予想する。この同盟を、「西側同盟」という。
 なぜこれからの時代が、「ポスト国連の時代」なのか。
 西側同盟は、権威主義的国家を入れない。ロシアも中国も、入らない。中ロ両国は、国連安保理の常任理事国に居すわっている。そこで、国連とはまた別に、西側同盟をつくって、国連安保理に代わって加盟国を守る。だから、「ポスト国連の時代」なのだ。
 早く東アジアにも、西側同盟の仕組みを立ち上げなければならない。日本だけ、まるで準備ができていない。早く準備をしましょう。それがこの本、『核戦争、どうする日本?――「ポスト国連の時代」が始まった』の主張である。

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