資本主義の〈その先〉に

第21回 資本主義の思弁的同一性 part1
1 伝道者とコンマン

 

愛すべきコンマン

 

 さて、ここで注目しておきたいことは、一見、ごく些細なことだ。アメリカには、「巡回セールスマン」と呼ばれる職種がある(というか、「あった」)。森本あんりは、この職業を「きわめてアメリカ的」と形容している。巡回セールスマンは、各地を旅してまわり、よい商品を安い価格で提供した。が、中には、詐欺師も混じっていた。買い手を騙して、金儲けをした巡回セールスマンが、少なからずいたのである。このような詐欺師のことを、俗語で「コンマンconman」と呼ぶ。コンマンの”con”は、”confidence(信頼)”に由来する。買い手の信頼を利用して、偽物を売りつける輩だからだ(3)

 たとえば、1973年に大ヒットした映画「ペーパー・ムーン」(ピーター・ボグダノヴィッチ監督)の主人公モーゼは、コンマンである。大恐慌の時代のアメリカ中西部のこととされている。モーゼが売っているのは聖書である。彼は、母を失った9歳の少女と一緒に各地を巡回している。

 モーゼの手口は、愛嬌のあるオレオレ詐欺のようなものだ。新しい町に着くと、彼はまず、地元紙を買う。死亡通知欄で、最近亡くなった者の名前と住所を調べるためである。それをもとに、彼は未亡人を訪問する。その人がつい先ごろ夫を亡くしたことなどまったく知らないかのようなそぶりで。当然、未亡人は、夫は2週間前に亡くなった、といったことを彼に告げる。モーゼは、そうでしたか、お悔やみ申し上げます、などと言いながら、実は、亡くなられたご主人から銘入りの、いささか高級な聖書の注文を受けていて、それを届けにきたのだ、と未亡人に告げる。未亡人は、「あら、そんなことちっとも聞いていなかったわ」等と言うわけだが、モーゼは、「奥様へのプレゼントにして、奥様を驚かせたいとおっしゃっていましたから」と応ずる。そして、実際、「○○へ」と、その未亡人の名が聖書に刻まれてあるのを見せる。モーゼは、「でもお買いになる必要はありません」と言うのだが、未亡人は確実に、その聖書を買う。「あの人ったら、死んだ後にもこんな嬉しいことをしてくれて」と涙を流しながら。

 この映画でもわかるように、アメリカ人は、コンマンを愛している。決して憎んだり、非難したりはしていない。アメリカには、愛すべき者としてコンマンを描いた小説や映画がたくさんある。「ペーパー・ムーン」と同年の映画で、アカデミー賞作品賞をとった「スティング」(ジョージ・ロイ・ヒル監督)も、その種の作品のひとつである。この映画の二人の主人公、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードは、コンマン(詐欺師)だ。

 それにしても、このコンマンなる者が、われわれの探究とどう関係しているのか。なぜ、社会の隅っこにいる詐欺師について、細かく説明しているのか。いぶかしく思われるだろう。

 コンマンは、しばしば巡回セールスマンだと言ったが、巡回伝道者もいるからだ。もともと伝道者に「資格」のようなものが要るわけではないので、自分で伝道者とか説教者とか名乗れば、それらのものになることができる。アメリカでは、巡回セールスマンと巡回伝道者は、似た者として、つまり同じカテゴリーに属する者として受け取られている。そして、コンマンと正しい巡回セールスマンとの間の境界線も、突き詰めて考えてみれば、あいまいである。したがって、結局、コンマン(詐欺師)と、リバイバル(信仰復興)を担った伝道者とは、近しい者、隣接した者、ほぼ同一カテゴリーの「人種」だったのだ。「ペーパー・ムーン」のモーゼが、聖書を売り物にしていたことは、この事実をよく象徴している。プロテスタントの伝道者も、ある意味で、聖書を売っているのだから。

 「ペーパー・ムーン」の例でもわかるように、「偽物」の商品でも、売り手を信頼してしまえば、「本物」になる。神についても同様であろう。神それ自身が本物なのではなく、信仰や信頼が、神を本物にしているのだ。

 まず、リバイバルの運動を熱心に進めるような伝道者や説教者がいる。そして、各地で商品を売り歩くセールスマンがいる。さらに、コンマン(詐欺師)がいる。これらは、連続しており、それらを等号で結びつけることすら不可能ではない。これこそ、資本主義を特徴づける思弁的同一性の極端な例である。神と商品と貨幣の間の互換性がここには見られるのだから。

 思弁的同一性を支えるメカニズムは何なのか。このことを、アメリカ社会を主たる素材にして探究するに先立って、コンマンと伝道者の間の親和的な関係を、その象徴として指摘しておいた。

 

(1) G.W.F. Hegel, Wissenschaft der Logik, 1812-16.

(2) 森本あんり『反知性主義――アメリカが生んだ「熱病」の正体』新潮選書、2015年。

(3) 以下、コンマンについては、次の説明に基づいている。森本、同書、89-92頁、170-173頁。