ちくま新書

入りたい中学、入るべき中学、そして入ってしまった中学
『中学受験で大好きな学校に入ろう』より

頑張る子どもたちのために、大人は何ができるでしょうか。2月の勝者を目指して追い込みに入る6年生、目標校を考え始める3年生・4年生・5年生、入学してから一通りのイベントを終えた中学1年生。保護者が考えるべき視点を指南する新書『中学受験で大好きな学校に入ろう』の冒頭を公開します。

†入りたい学校の現実
 いまや首都圏では中高一貫校への進学は普通の出来事である。東京では2023年現在で3割以上の子どもが中学受験をしている。2023年秋の公開模試の状況から見ても、2024年入試でも中学受験の人気は持続しそうな気配が強くなっている。おそらく現在の高い中学受験率が下がることは少なくともないだろう。ただし、冒頭から腰を折るようで恐縮だが、みんなが第一希望の中高一貫校に入れるとは限らない。というより、むしろ第一志望校に合格し、進学できる方が少数派だ。
 たとえば、2023年の受験データを見ると、開成中学校・高等学校(東京・荒川区)の定員は300名、対して応募者は1289名、受験者は1193名。初回合格者は少し多めに出して419名なので、実質倍率は2・8倍だった。差し引き774名は受験したが入学する機会を得ることができなかったということになる。
 ほとんどの受験生は、開成の入試日(2月1日)以前に千葉・埼玉で合格を確保していたか、その後の日程で併願を組んだかのどちらかである。首都圏における中学受験の平均併願校数は、日能研調べによれば5・1校。つまり、第一志望校以外に4つの併願校を受験生は用意しているのだ。確実に第一志望校に合格するかどうかはわからないのだから、併願校探しのほうがむしろ重要であるともいえる。
 そして、ほとんどの生徒が進学する併願校は、たとえ内心不本意であったとしても縁あって入学したのだから、大好きになることがとても望ましい。筆者が所属する日能研では、中学受験の心得として「毎日が第一志望校」というスローガンを掲げている。その内容は本書を読んでいただきたいのだが、まず冒頭では、いくつかのポイントをあげておく。

†子どもが入るべき学校を見誤る親
 志望校の探し方については第六章で詳しく記すが、最も大事なのは「子どもが中高6年間、その学校で過ごすこと」をよく考えて欲しいということだ。たんに偏差値が高い、話題になっている、便利な場所だから……など、子どもの成長と直接関係ない要因から併願校を決めると、あまり幸せな結果にならない場合が多い。
 もちろん、偏差値の高さを基準にするといってもおのずと範囲は決まってくるが、その数字ばかりに目を奪われないことが大事だ。「難易度が低いから価値も低い」と考えるのは断じて大間違い。難易度は競合する私学、その他の状況で大きく変動するものなので、「高い偏差値イコール学校の価値」では絶対にないのだ。
 国際理解教育を標榜し、駅近くに立地する私学は人気が高まる傾向にある(こういう中高一貫校はほとんど共学校。筆者は「駅前国際共学系」と呼んでいる)が、往々にして社交的な生徒が多い、マイペースでのんびり気味のうちの子どもには向いていなかった……という声を、いくどとなく耳にした。そういう学校で、我が子が自己肯定感を培いつつ、じっくりと育つかどうか、よく考えてから志望して欲しい。華やかな六年間で、子どものコミュニケーション力を鍛えるのだと語った親御さんもいたが、学校によっては途中退学が多い場合もある。
 小学校五年生以降、比較的遅く中学受験準備を開始した受験生家族は、「男子校・女子校はよくわからないから」という理由で、最初から共学校だけを候補としていることがある。交通アクセスがよく、校舎やエントランスホールなどの設備がそこそこ綺麗で、さらに宣伝の上手な私学に惹かれがちである。一見入念に、志望校を調べているようで、じつは「憧れ」が勝っていることが多く、入学後に「こんなはずでは……」と後悔している姿を目にしたことは少なくない。男女別学については第四章をはじめ、本書ではその良さを具体的な校名を事例として紹介しているので、ぜひ男子校、女子校も志望校の候補に入れていただきたい。

†「入ってしまった学校」で、いいのか?
 本書の読者にはすでに中学受験を終えた保護者もいると思う。その中には、すでにあげたような理由から志望校選びに失敗し、たまたま合格が出てしまい、その時の流れで、たまたま入学してしまったというご家族がいるかもしれない。または、第一志望に入学できたのに、失敗だったのではないかと考えていることもある。そのような場合、どうするか。以下に代表的な4つの悩みを記す。
 来年、再来年の受験に備えている保護者にとっても、知っておいて無駄ではないはずだ。

①学習スピード
 入学してみたら、学習スピードが速すぎて面食らうということがある。中学受験の難易度に比べて難関大学進学率を誇る私学でわりと聞く。受験するにあたり学習内容をよく吟味した保護者でも、いや調べていたからこそ、予想以上の状況にとまどうのである。親も子どもも、中学入試の緊張から解放されて弛緩した状態で入学しているということが、その根本的な原因だろう。
 ここでよくない対応は、塾や家庭教師など、学校以外に頼ってしまうことだ。よく考えて欲しい。その入試をクリアして入学できているのだから、本来はその速さについていけるはずである。合格ラインよりずいぶん高い得点で入学する受験生もいるが、それはごく少数のケースだ。
「ギリギリで入ると入学後についていけない」という人もいるが、これはない。中学入試の場合、ほとんどはボーダー付近に受験者層のボリュームゾーンがあり、ギリギリの合格だったとしても、多くの生徒とは入学時にそんなに大差ない。
 ゆえに落ち着いて、1日の学習時間の見直しで対応したい。それでも厳しければ、臆せず担任に聞いてみよう。1学期頑張ってついていけば、大体平気になる。また、意外と通学のストレスや他のことで、学習がおろそかになっている可能性もある。総合的に見直してみよう。
 多数派ではないが、中学段階から特進などのコース制をとる学校もある。「入ってしまった」と感じる生徒には、普通クラスに入学したことで劣等感を抱く子どももいるが、子ども以上に保護者がくよくよと考えていることが多い。
 しかしクラス分けなど、あくまでも発達の一段階の評価に過ぎない。恒久的なものではなく、さらに人物評価でも何でもないのだから、少なくとも保護者は、子どもを励ましてほしい。
 じつは学校サイドも、そうした生徒の自己肯定感を高めようとしていることが多い。ただコース制は子どもの「やる気問題」に直結するので、筆者は根本的に成績順のコース制には反対である(詳しくは第四章で記す)。

†タイプが合わない学校
②校風があわない
 もともと社交的な子なのに、じっくりマイペースな校風の私学に入ってしまうことがある。逆にマイペースなのに、元気な生徒たちばかりの私学に入ってしまうこともある。そのような場合はどうだろうか。例外も少なくないが、全体的な傾向としては、マイペースな中高一貫校は小規模校、元気な生徒が多いのは大規模校であることが多い。
 まず、校風が子どもに合っていないと感じたとしても、校風どおりの生徒しかいないということはありえない。同級生と交流を進めていくうちに、心の通い合う友達はできる。
 ここで大事なのは、保護者があせらないことだ。仲間と交流するうちに、子ども自体の対人コミュニケーション能力も変化していく。私学には、入学後の生徒同士の交流を促すようオリエンテーションに力を入れたり、頻繁に席替えをする学校もある。私学は比較的、いじめや人間関係のトラブルへの配慮も行き届いている。

③内進生とうまくいかない
 併設小学校がある場合、内進してきた生徒とうまく行かないと「思う」こともある。「思う」とカッコでくくったのは、中学から入ってきた生徒がそう思っているだけで、じつは内進生もうまくやれるかドキドキしていることがほとんどだから。たいてい1学期が終わる頃には仲良くなっている。
 保護者の付き合いを気にする向きもあるが、内進生と外進生の保護者は入学当初は別グループとなっているので付き合いの心配はない。ただし生徒よりは時間がかかるが、筆者が見たところ、保護者も中高6年間のうちに徐々に一体化していく。

④入りたいクラブがない
 クラブ活動は、非認知スキル(協働性、自己肯定感、やり遂げる力)などの育成にとても大切だ。しかし、入学した学校の中に入りたいクラブがない場合は無理して入らなくてもよいだろう。
 ただ学校によっては、半ば強制的に入部を勧めるケースがある(私立では少数だが)。そのような学校にも、ゆるいクラブはあるので、とりあえずそこに入っておくという方法もある(そんなに数は多くはないが、ゆるい体育系もある)。
 よく調べれば、部の名前と異なる活動をしているクラブもあるだろう。たとえば、文芸部と名乗っていても、ただ放課後集まって話しているだけとか、科学部といっても、ゲーム好きが集まって、その話だけをしたりパソコンでゲームをしているだけということがある。
 学校時間の多くを過ごす教室の中に話が合う友達がいない場合でも、学校内の別の場所のグループに所属することで、居場所を確保できる。

†学校は多面的
 部活動以外だと、図書委員や文化祭実行委員会など、生徒会活動も考えられる。部活や委員会の利点は、同級生だけではなく、上級生、下級生とも交流できることだろう。学年を超えたところに心の通じる仲間が見つかるということがあるのだ。
 知り合う場所は、自分の教室とは限らず、部室だったり、美術室だったり、または図書室だったりする。そこには話のわかる仲間がいたり、美術室には話しやすい美術の先生がいたり、図書室には静かに微笑んでくれる司書の先生がいたりする。
 いまどきは、小さなグループに固執せず、複数の集団に所属しておくというのもいい。学校とは複数の人の交わりのある場所である。片方の集団でうまくいかなくなっても、もう一方があるとすれば、心の安定につながる。
 結局のところ、どんなに評判が良い中高一貫校に入ったとしても、学校にいる全員と意見が合うわけはなく、教職員全員と相性が良いことなどはあり得ない。集団というのはそういうものだ。だから、志望校の説明会などで「うちの学校は全員仲良しです」というのは、間違いなく「建前」だ。
 ある難関校の校長は「損得を抜きにしてつきあえるのが中高時代の友達」と表現した。まさに生涯の友達(ソウルメイト)だが、社会に出たらソウルメイトはそう簡単に見つからないのだ。
 どのような学校でも、気の合う友達は必ず見つかる。
 すぐには見つからないかもしれないが、経験上、1年か2年の間には見つかる。
 時間をかけると自分にとって居心地の良い場所は見つかる。そう考えて、無理せず、あせらず、じっくりいこう。
 では、以下の章で「入るべき中高一貫校」とはどういう学校か具体例を挙げながら、中学受験の今後について解説していこう。

 私学、中学受験に関する本書での見解は、すべて筆者のものです。また、本書に登場するデータは日能研調べもしくは『進学レーダー』調べです。

【目次】
序 章 入りたい中学、入るべき中学、そして入ってしまった中学
第一章 中学受験、これまでとこれから
第二章 こんな学校で学びたい
第三章 変わる大学の価値、高大連携のメリット
第四章 中学受験のトレンドと問題点
第五章 タイプ別私立中高一貫校
第六章 志望校選びのポイントと中学受験準備

親世代、祖父母世代といまどきの“常識”の違いとは

 

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