冷やかな頭と熱した舌

第13回 
本屋の勘(かん)

興奮と熱狂のレース終盤

 4コーナーを回って、中山競馬場の短い直線に16頭が躍り出る。
 先頭はキタサンブラック。差のない2番手に前年の覇者ゴールドアクターが続く。遅れること半馬身差にサトノダイヤモンド。残り200メートル。ここまでの2300メートルを2分20秒で駆け抜けてきた各馬を待ち受けるのは、ゴール手前まで続く中山競馬場の急坂である。苦しみの先にある栄光をつかもうと各馬に勝負鞭が入った。坂の入口でキタサンブラックがゴールドアクターを1馬身引き離す。必死に食らいつくゴールドアクター。その差は広がらない、縮まらない。等しく距離を保ったまま坂を駆け上がってゆく。ゴールドアクターから遅れることさらに1馬身、サトノダイヤモンドは道中で脚を使ったことが影響して、もはや苦しいように思えた。3歳馬ながら古馬の一線級を相手に3着なら立派。よく頑張った。誰もがそう考えただろう。譬えるなら、高校生が社会人アスリートに混じって陸上の1万メートルに出場するようなものである。胸を張っていい。僕もそう思った。
 次の瞬間。
 仕掛けどころから1拍おいたタイミングで振りあげたルメールの鞭が、雷(いかずち)のようにサトノダイヤモンドを撃つ。2発、3発。サトノダイヤモンドは素早く反応すると、異次元のスピードを纏った。若さを伴った躍動そのものが、前を行く2頭に襲いかかり、まばゆい光となって、並び、かわした。
何万人もの視線も、大歓声すらも追いつかせない、届かない。美しい獣となって駆け抜けたその先に、ゴール板があった。それは革命だった。一瞬間おいて、追いついた歓声が若駒を包み込み、手にした栄光を称えた。

出版業界「競馬部」と2016年のさわや書店

 テレビへと目を向けたまま放心していたらしく、動かない父を心配した子どもに「パパ、当たったの?」と声をかけられてはじめて、早鐘を打ち続けている心臓に気づいた。
僕の馬券は見事に外れた。
 人気通りの決着になるだろうとの予感を無視し、年の瀬に夢を見ようと指名した穴馬は見事に散った。僕が本命に選んだマリアライトという馬は終始、急流にもまれる落ち葉のようにレースを終えた。この有馬記念を限りに引退を表明したのにも拘わらず、ほとんど話題に上らぬ牝馬に託した夢馬券。若さに飲まれ、夢は夢のままで終わったが、近年まれにみる熱い競馬を観た興奮のほうが勝った。あまりの興奮に、しばらく原稿が手につかなかったくらいだ。

 スマホを取り出し、「競馬部」のLINEアプリを起動する。「競馬部」はSBから始まる出版社のN木さん、F出版のT野さんらと競馬トークで盛り上がって、昨年の4月に作ったLINEグループだ。J書店のI本さんやN店のS井さんとも、この「競馬部」をきっかけにして毎週末に交流を重ねている。有馬記念の数日前から、ああでもない、こうでもないと予想や情報を書き込み合っていたが、一抹の寂しさとともに今年も有馬記念が終わった。
 レース後の感想を書き込みながら、若駒が古馬を飲み込むというレース内容が今年のさわや書店フェザン店を象徴しているようだなと感じられて、心中で苦笑する。しかし、と思い直す。これから先、キタサンブラック同様に、諦めなければリベンジの機会は何度も訪れるだろう。

競馬と盛岡と本屋

 学生時代に、競馬好きの友達からその魅力を教わり、のめり込んだ。府中競馬場にも数えきれないくらい足を運び、東スポ片手に声援を送っていた。地方競馬所属のまま中央競馬のGⅠを制覇した唯一無二の馬、メイセイオペラのフェブラリーステークスもゴール板の目の前で観た。メイセイオペラは岩手競馬所属であった。当時、卒業後の進路に迷っていた僕は、地方でも戦えることを同馬に教えられた。その後、故郷へ帰るという選択をしたきっかけとなった思い出の馬である。

『風の向こうへ駆け抜けろ』古内一絵 小学館

 就職して10年ほどの間は競馬からは遠ざかっていたが、ある1冊の本をきっかけに僕はまた競馬を始めた。古内一絵さんの『風の向こうへ駆け抜けろ』(小学館)という本を読んだ時、気づかずに胸の内でくすぶり続けていた競馬熱が再燃した。地方でも戦えるというあの気持ち。それは、さわや書店で働くうえでの最大のモチベーションである。
 ありがたくも古内さんは、編集者のK江さんとともにお店へ来てくださった。一緒に地元のIBC放送のラジオ番組「朝からRADIO」にご出演いただき、番組の最後には無茶ぶりにも笑顔で応じ、得意の中国語で歌まで披露してくださった。数年前のことだ。物語の続きを読みたいとの熱望が叶って、古内さんは現在、続編にあたる『蒼のファンファーレ』を雑誌「優駿」(中央競馬ピーアール・センター)にて連載中である。その単行本化が今から楽しみだ。

関連書籍

こちらあみ子

古内 一絵

風の向こうへ駆け抜けろ

小学館

1820.0

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こちらあみ子

住野 よる

君の膵臓をたべたい

双葉社

1048.0

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