絶叫委員会

【第155回】繰り返し出会う

PR誌「ちくま」9月号より穂村弘さんの連載を掲載します。

 家の近所を妻と歩いていた時のこと。すれ違いざまに、こんな言葉が耳に飛び込んできた。

「かき氷のシロップがない!」

 えっ、と思って振り向くと、小さな男の子だ。しきりに母親に訴えているようだ。あの子は……、と思ってじっと見つめていると、妻が不思議そうに云った。

「去年もあんな子がいたよね」
「そうなんだよ!」

 やっぱり錯覚ではなかった。去年の夏も、母親に向かって「かき氷のシロップがない!」と訴える男の子とすれ違ったのだ。さっきの声でその記憶が甦った。これは、どういうことなんだろう。いわゆる既視感というものか。それにしては、二人で共有しているのが変だ。では、実際の出来事なのだろうか。でも、偶然かぶったにしては道端で「かき氷のシロップがない!」って叫ぶのは珍しいケースに思える。たまたま近所にかき氷が大好きな子どもが住んでいるだけなのか。わからない。夏が来るたびに蝉の声を聞くように、来年もまた彼に出会ったらどうしよう。
 その子とはまた別に、三日連続すれ違った人がいる。サンダルを履いた中年男性だ。今年の春のことである。毎日、時間もコースも変えて散歩をしていたのに、必ずその人に会うのだ。妙だなと思っていたのだが、四日目に隣町でまたすれ違った時、びっくりして妻に云ってしまった。

「あの人、毎日すれ違うんだ」
「え、毎日? おんなじ道で?」
「ばらばらの道で、今日で四日連続」
「どうして?」
「わからない。よほど散歩のバイオリズムが合っているのか」
「未来人かもしれないよ」
「え! どうして?」

 ビニール袋をぶら下げた彼には未来人っぽさ(と云ってもどういうものかわからないが)は皆無である。でも、妻は真剣だ。

「見張ってるのかも」

 時間警察? 未来の私が何か重大なことをするのだろうか。地球の運命を変えるような発明……、はしそうもないから特別な犯罪とか。そんな気がしないけど。だが、その日を最後に男性の姿を見ることはなくなった。正体がバレたことを知って未来へ帰ったのか。もう会えないのだろうか。
 何回も繰り返し出会う相手って運命を感じる。その偶然が心の中で必然に転換される時、恋か詩か狂気が始まる。

 あのアゲハ小さい頃から何回もおんなじやつに会ってるのかも
田中有芽子 

 そんなふうに考えたことはなかった。でも、可能性はゼロではない。我々には「アゲハ」の個体差を見分けることはできないのだから。〈私〉だけでなく、もしや、母も、祖母も、同じ「アゲハ」に見守られていたのか。
 

 

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