絶叫委員会

【第160回】重複表現との戦い

PR誌「ちくま」2月号より穂村弘さんの連載を掲載します。

 重複表現はNGというルールが自分の中に入ってきたのは、いつからだろう。思い出せるのは高校生の時のことだ。友だちとの雑談の中で「違和感を感じる」と云ったら、「「違和感」と「感じる」の「感」が重複している」と一人に指摘されてびっくりした。それまでは、言葉が重複してはいけない、という考えの存在自体を知らなかったのだ。
「「違和感を感じる」が駄目なら、でも、じゃあ、どうすればいいの」と尋ねて、「「違和感を覚える」か「違和を感じる」だね」と教えられた。なるほど、と感心した。だが、その時から終わりのない戦いが始まったのだ。
 以前にも書いた記憶があるが、「古来より」は「古来」がすでに「いにしえより」の意味だから「より」が重複でNG。「電気のコンセント」はコンセントがそもそも電気の供給に使うものだから「電気の」が重複でNG。
 このように重複表現には無数のバリエーションがあって、ちょっと油断すると、ついやってしまうのだ。この連載でも「募金を募っている」と書いてしまったことがある。しかも掲載誌を見るまで気づかなかった。本にまとめる時は忘れずに直さないと。
「募金を募っている」はかなりやばいというか初級のミスだが、私にとっては、このレベルでもゼロにするのは難しい。先日も校正ゲラの中に「返事が返ってきた」を発見してしまった。重複表現によって、どれくらい信頼が損なわれるのだろう。考えると不安になる。「校正ゲラ」の「校正」と「ゲラ」は重複だろうか。
 一方で、重複表現がNGという考えそのものを疑問視している書き手も何人か知っている。自分もそちら側に行けたら楽になれるのか。でも、それはそれで自信がない。「「違和感を感じる」の何が悪いんだ」とか「そこには「違和感を覚える」や「違和を感じる」とは違うニュアンスがある」と堂々と主張できたらいいんだけど。そこまでの確信があるわけではないのだ。
 重複表現の中でもっともやりがちで、かつ直し難いのは「こと」だと思う。特に話し言葉では無意識に多用しているので、対談の校正が来るとショックを受けることになる。先日も、こんなのがあった。

 穂村 この本に書かれていることは、すべてあの時あの場所で実際にあったことなのだけど、でも書かれていないこともたくさんありますよね。

「こと」「こと」「こと」……、いや、確かにこう云ったんだろう。でも、この重複をなくすのは面倒だ。しかも、書き直したからと云って達成感があるわけでもない。重複表現審議委員会で、「こと」はかぶってもいいことにしてくれないだろうか。
 そもそも書き言葉と話し言葉における重複はニュアンスが違うし、散文と韻文でもまったく意味が違ってくる。例えば、詩歌におけるいわゆるリフレインとは重複表現に他ならない。

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