資本主義の〈その先〉に

第21回 資本主義の思弁的同一性 part1

1 伝道者とコンマン

 

アメリカにおける「信仰復興」の運動

 

 この問題を考える上で、最も都合のよい素材は、アメリカ(合衆国)である。その建国の経緯から見れば、プロテスタントのプロテスタント性を、カトリック的な土壌から切り離し、純粋に培養したことで生み出された社会が、アメリカだからである。

 17世紀に、ヨーロッパからアメリカに渡ったプロテスタントは、いわゆるピューリタンである。イギリスでは、ヘンリー8世(在1509-47年)のときに、カトリックからの独立が、つまり一種の宗教改革が始まる。が、この宗教改革は、王の結婚問題の解決を目的としたものなので、教会の改革としてはまったく不徹底で、教義の根幹はカトリックと大きく異ならなかった。これに飽き足らず、教会の真の純粋化を求めて始められた運動が、ピューリタニズムと呼ばれた。この運動の系列にある者たちの中でイギリスでの弾圧に耐えられなくなった者、イギリスに極端な居心地の悪さを感じた者が、大西洋を渡り、北米に入植した。よく知られているように、これこそ、アメリカ合衆国の端緒である。とすれば、プロテスタンティズムがその論理をつきつめたとき、どのような展開=転回が生ずるのかを見る上で、アメリカは格好の実験場だということになる。

 さて、アメリカのアメリカらしさを凝縮させている現象をもし一つだけあげるとすれば、それは、大統領選挙ではないか。現在もわれわれは、4年ごとに繰り返されるこの大規模な政治ショーを目の当たりにしている。候補者は、まず民主党または共和党の予備選挙で指名を獲得しなくてはならない。予備選挙を勝ち抜いた候補者は、こんどは本選挙で、他党の候補者と大統領の地位を争う。本選挙に勝った者は、支持者を前にして、勝利宣言を出す。そして、年が明けてすぐに、新大統領の就任式がある。この就任式までの間に、何度も、超大型のスタジアムを会場とした集会が繰り返される。そこに参集している有権者・支持者の興奮はすさまじい。これほどの熱狂を呼び起こす選挙は、日本では絶対に見られない。

 実は、アメリカでは、大統領選挙のときでなくても、これとよく似た集会が、毎週、いや毎日、四六時中、全米各地で行われている。大統領選挙のための集会のミニヴァージョン――と言っても、慎ましやかと言うにはほど遠い大規模な集会が、1日も休まず、繰り返されているのだ。それは何か。テレビ伝道だ。俳優のように魅力的な説教者が、大勢の聴衆を、見事な話術で惹きつける。説教は、音楽等を使ってショーアップされている。聴衆は熱狂している。これを見ると、すぐに気づくはずだ。大統領選挙の方こそ、この種の伝道の、世俗的な拡大版だということに、である。原型は、大統領選挙ではなく、むしろ伝道の方にある。

 これらの現象をさらに源流へと遡ると、――森本あんりによれば(2)――「信仰復興(リバイバル)」の運動を見出すことになる。アメリカ史は、リバイバルと呼ばれる宗教的な熱狂を周期的に繰り返してきた。リバイバルの最初の大きな波は、18世紀にあった。アメリカ独立革命の精神は、この最初の大規模なリバイバルによって準備されたと言われている。その後も、アメリカ史の重要な画期には、しばしばリバイバルが革新運動にエネルギーを注入してきた。たとえば、19世紀の奴隷制廃止運動や女性の権利拡張運動をリードしたのも、リバイバルである。20世紀の公民権運動に関しても、リバイバルの反響を認めることができる。

 リバイバルとは、アメリカ建国時のピューリタンの精神の反復であり、再賦活だ。一見、宗教色をもたない世俗的な政治過程に見える大統領選挙も、リバイバルの運動の延長上にある。リバイバルを世俗化した上で、政治制度の中に組み込んだもの(のひとつ)が、大統領選挙だと言えるのではないか。この一事からも、プロテスタンティズムが、アメリカ性にいかに深く浸透しているかが分かるだろう。

 

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