絶叫委員会

【第116回】謎の動物

PR誌「ちくま」6月号より穂村弘さんの連載を掲載します。

 先日、地元の商店街を歩いていた時のこと。なんとなく、どきっとした。

 五月の体位
 コブラのポーズ

 こんな言葉が目に入ったのだ。いったん通り過ぎてから、数歩戻ってじっと見つめる。と、その上に記された文字に気がついた。

 Tヨーガ学院

 なるほど、と思う。たぶん、月ごとにヨガの課題というかテーマとなるような「体位」が決まっていて、たまたま今月は「コブラのポーズ」だったんだろう。そうとわかれば一安心。なんか、ものすごくやばいことが書かれているのか、と誤解してしまったよ。
 そういえば去年、台湾に行った時にも、はっとして立ち止まったことがあった。こんな文字が目に入ったのだ。

 シゃンプー

 外国で日本語、しかもすごく惜しいやつ。その微妙なバランスにくらくらする。美容院か床屋の看板だろうか。でも、ひと言だけ「シゃンプー」って不思議だ。
 さらに思い出したのは、久しぶりに動物園に行った時のこと。動物たちの檻の横に、一つ一つ丁寧な説明文が記されていて面白かった。出身地や食べ物といった特徴の他に、一匹ずつの名前と、さらには性格についての記述もある。例えば、「世渡り上手」とか「最近、新しく生まれた子にアイドルの座を奪われました」とか。それによって、動物園の世渡りってなんだろう、と考えたり、新旧のアイドルを比較したりできる。最近の動物園って、こんなシステムなんだ、と感心する。
 順路に従って進んでゆくうちに、次のような一文を発見した。

 この動物は人の生命、身体及び財産に害を加えるおそれがある動物であるため、第三者の接触等を禁止します。

 なんだか、急に堅苦しい。よほど危険な「動物」なのか。でも、檻の中は空っぽなのだ。どうやら今は使われていないらしい。そのため、「動物」の正体はわからない。かつてここになにか怖ろしいものがいたらしい、ということしか。それに、文中の「生命」「身体」はわかるんだけど、「財産」に害を加えるとは、どういう意味なんだろう。そんなことをする「動物」って人間だけでは? 空っぽの空間には、長靴が片方転がっているだけだった。
 

PR誌「ちくま」6月号

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