ちくま新書

人生の幸不幸は人間関係にあり

人生において「人間関係」は、避けて通れない。そして、それが幸不幸を大き左右するのだ。その決め手となる「親密さと対人距離」を操るスキルを、どのように身に着けたらいいのか? 6月刊行のちくま新書『対人距離がわからない』の「はじめに」を公開します。

 あなたは、人生に何を求めるだろうか。仕事で成功し、経済的にも豊かになることだろうか。それとも、家族や仲間に愛され、幸福に過ごすことだろうか。社会のために役立ちたいという人や学芸の道を究めたいという人もいるだろう。だが、何を求めるにしろ、避けて通れず、しかも人生がうまくいくかどうかを大きく左右するのが、対人関係である。
 仕事や学業にしても、それ事態でつまずくことよりも、対人関係で行き詰まることの方が圧倒的に多い。
 仕事や学業そのものに困難があっても、周囲との関係さえよければ、なんとかなるものであるし、試行錯誤したり努力を重ねることで、大抵は乗り越えていける。ところが、対人関係となると、そうはいかない。それというのも、対人関係は、自分だけでどうにかなる問題ではなく、相手が絡んでくるからだ。
 しかも、昨今は価値観や行動スタイルも多様化し、人々が一つの常識を共有しにくくなっている。自分が当然と思っていることが通用しない事態もしばしば起き、摩擦や葛藤を引き起こすことも少なくない。自分の常識や行動規範を知っているだけでは、うまくやっていけないのである。自分以外の人が、どういう基準で、どういう行動をしてくるかを知っていないと、善意や誠意だけでは通用しない。
 一つ言えることは、われわれが学校や家庭で教えられてきたことや、正しいと信じている基準や常識と、実際に現実を動かしている原理とにはズレがあるということだ。その違いを知らないと、いくら努力しても徒労に終わることになりかねない。
 周囲を見渡せばわかるように、必ずしももっとも優秀な人や人間として立派な人が、一番成功しているわけでも、一番幸せなわけでもない。優秀だと言われていた人や立派な人が、失脚したり、自殺してしまうことも起きる。世の中とは理不尽なものだ。
 しかし、この世とはそういうものである以上、理想論を振りかざしても始まらない。そこで生き残っていく術や策を考えるしかない。では、どうすれば、この現実の世の中で、幸福な対人関係を築いていけるのか。幸運な成功を呼び寄せることができるのか。
 その問いに答えるため、人間の振る舞い方やかかわりの持ち方を理解し、予測する上で、今日もっとも有用性の高い三つの理論、すなわち、パーソナリティ、愛着、発達の三つの理論を駆使するとともに、長年蓄積してきた臨床データも紹介しながら、まずは対人関係の特性がどのように決まるのかについて理解を深めていきたい。
 それを踏まえて、後段では、そこにひそんでいる危険や災いを避けつつ、メリットや恩恵を享受し、成功や幸福につながる安定した対人関係を築いて行くうえで、何が肝心なのかについて考えていきたい。
 本書で特にテーマとして重視したのは、親密さと対人距離についてである。なぜ、そこに特にフォーカスを当てたかと言えば、人間関係の質を決め、動かしていくもっとも重要なファクターが、親密さと対人距離のダイナミズムであり、それを操るスキルにこそ、うまく社会適応し、成功と幸福を手に入れる鍵があるとも言えるからである。
 では、自己を再発見し、新たな生き方に目覚めるための学びの旅に出発しよう。