ちくま新書

人間にしかできない創造的発想をいかに生み出すか

いくらAIが発達しても、機械は人間のように考えることはできない。かつて一世を風靡した発想法である「KJ法」を学んだ著者が、それを発展的に継承した様々な「考える技術」を伝授する。新しいアイディアと出会うための一冊。ここではその「はじめに」を公開いたします。

渾沌を打開するために
 かつて、文化人類学者の川喜田二郎氏は「KJ法」を創案しました。これは情報をカードに記述し、そのカードをグループごとにまとめて、図解し、論文などでアウトプットするための手法です。共同作業にもよく用いられ、創造性開発、創造的問題解決の方法として広く知られています。
 わたしは1970年代から80年代にかけて、創案者の川喜田氏のもとで、その「KJ法」の普及と研究に携わりました。
 日本が敗戦から復興をとげていく高度成長期の真っただ中、欧米先進国をモデルに、「追いつき追い越せ」のスローガンのもと威勢の良い時代でした。KJ法は製造現場を中心とした品質管理の小集団活動(QCサークル活動)の話し合いの方法として普及し、さらには、スタッフ部門や研究開発部門の創造性開発の方法として広がりは産業界にとどまらず、公務員や教育に携わる人たちから、宗教組織や警察・機動隊といった人たちまで様々な分野に及び、一世を風靡しました。
 しかしその後、裾野が広がるにつれて「なんちゃってKJ法」と自嘲気味に言われるような状況が生まれ、「KJ法」は形骸化の一途をたどってしまいました。今では、「KJ法」の洗礼を受けたことのある40代から60代の人から「まだKJ法を使っているの⁉」と言われたり、10代から30代の若い世代に「KJ法って知ってる?」と聞くと、「それって何?」と返されたりします。
 折しも欧米先進国のモデルに追いついてしまった日本は、この先の社会のビジョンが描けずにいます。この状況に追い打ちをかけるように、情報技術(IT)をはじめとしたテクノロジーが急速に進歩しています。その結果、社会の先行きは予測が困難で、不確実性、不透明性を増し、いわゆる「社会のVUCA化」が進んでいます。
 この用語はもともと、1990年代後半からアメリカの軍事用語として、今日の世界情勢を説明するために用いられたものだと言われています。その後、ビジネスの世界でも、経営環境や個人のキャリアを取り巻く状況を表現する用語として使われるようになりました。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字で構成されています。これらを一言で「渾沌」と表現できます。
 実は1970年代から80年代に産業界を中心に受け入れられたKJ法の本当の力は、対象の「渾沌」とした状況から「秩序」を見出す方法なのです。川喜田氏は文化人類学者であったことから、学問の研究方法論としてこれを創案しました。つまり、野外調査から得られたバラバラなデータをまとめ、全体像を把握する方法です。まさに「渾沌とした実態を捉える」方法と位置付けることができます。それゆえKJ法は「社会のVUCA化」への有効な対処方法ともなるのです。
 KJ法が一世を風靡した後の1991年、わたしは川喜田氏が主宰する研究所を離れて、企業の人材育成や地域再生の支援、看護系を中心とした質的研究の支援に携わりました。その間にKJ法を実践的に活用するなかから、それに準拠しつつ質的データを用いた研究法として「質的統合法」を体系化し、その普及に努めてきました。「質的データ」というのは、事例的、記述的なデータを指します。様々な現象を数値化、数量化した「量的データ」と対をなすものです。
 しかし渾沌とした状況を打開するためには、そこに秩序を見出して実態を把握するだけでは事足りません。なぜそのような実態になっているのか、その「背景要因や原因、事の本質、実態が意味する真意」がわからなければ、対処の方向を間違えてしまいます。
 それを見極める対処法として、考察の技術である「ロジカル・ブレスト法」を開発しました。それは「深く考える方法」と位置付けることができます。さらには、その本質を踏まえて「ありたい姿」(ビジョン)、そのための「解決の手立て」(解決策)を見出す「コスモス法」を開発しました。これは「企画を立てる方法」と位置付けることができます。
 これら「質的統合法」「ロジカル・ブレスト法」「コスモス法」の三つは、わたしたちの生命活動にそなわった、「考える」という行為を支援する発想の方法です。いま様々な書物やマスコミは、専門職業務の多くがビッグデータや人工知能(AI)、ロボットに取って代わられるのではないかと不安を煽っています。しかし、AIがどんなにすぐれていても、「考える」という行為に取って代わることはできません。自ら考え、行動する。そこからわたしたちの生きがいや働きがいも生まれてくるのです。

本書の構成
 本書の構成を以下に示します。
 第一章では、「AIに負けない仕事とは何か」を改めて考えてみます。
 第二章では、AIの急速な進展がもたらす社会の混乱や渾沌とした状況を脱する方法としてKJ法を再検討し、再評価します。その上で、KJ法に準拠した「質的統合法」を用いることで、渾沌とした実態を論理的に把握することができることを実例で示し、誰もが使うことができる方法として解説します。また、その応用として写真を用いた「写真分析法」も紹介します。
 第三章では、実態の把握を踏まえ、深く考えるために「ロジカル・ブレスト法」と呼ばれる、背景要因や原因、事の本質、実態が意味する真意を掘り下げつつ、アイデアを発想する方法を解説します。これはIT社会に対応すべく、パソコン上で気軽に深く考える作業ができる方法です。
 第四章では、問題や課題の解決策や何らかの結論を導くために「コスモス法」と呼ばれる「企画を立てる方法」を解説します。また、アイデアを絵にして発想を促す「イラストアイデア法」も紹介します。
 第五章では、これら三つの発想法の練習法を解説し、習得の道筋を示します。その上で、ITの進展に伴う情報化社会の中でも応用できるよう、発想法が日常的にどのように使えるか紹介します。
 わたしたちの潜在能力は無限大です。それを信じ、本書の提案を、AIに負けないための武装の一助にしていただけたらと思います。
 

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