問いつめられたおじさんの答え

第9回 お酒って、おいしい?

「お酒っておいしい?」なんて言ってる場合じゃない

 お酒がおいしいかどうかって、おじさんに聞くのは大いなるまちがいだね。なにしろお酒飲めない人なんで。まぁ、乾杯のときのビールひと口ぐらいは飲みます。それはおいしい。
 あとに残った分は、ただの色のついた苦い水になっちゃうんだけど、コップ半分ぐらいをチビチビ1時間ぐらいかけて飲み干すのが、おじさんのせめてもの誠意です。そばにウーロン茶かコーラがあると助かります。もちろん、ウーロン茶だってただの色のついた水だけど、酒場で飲むコーラはおいしいね。うん、コーラはいいです。

 ぶっちゃけて言うと、酒の席ってあんまり好きじゃない。ましてや、男同士でサシ飲みとか、死んでもイヤというか、死ぬのの次にイヤです。何度かやったことはあるけど、相手が酔っ払いだとさらにウンザリだね。酔っ払いって自分が酔っぱらってるのがわかんないか、わかんないふりをしているんで、無礼なことや醜態さらしたりしてもまず謝らない。されたほうだってよっぽど頭に来ないと、いちいち言わないからね。いつかまとめて言われるかもしれないけど。
 最近は「きらい」とか言わないで、ちょっとソフトに「苦手だ」とか言う人が多いけど、私は酔っ払いがきらいです。なんできらいかというと、子どもの頃、ウチの周りは酒乱だらけだったから。おじさんはね、なにかというと酒乱の話をする人で有名なんだね。昔の酒乱て、生半可な酒乱じゃないよ。怒鳴りまくるわ、物を壊すわ、人を殴るわ、今だと速攻で警察呼ばれる類いの事案。「お酒っておいしい?」なんて言ってる場合じゃないんだから。
 幸い、ウチの父親も飲めない人だったんで、家の中に酒はなかった。だから時々やってくる酔っ払いってほんと迷惑だったね。だって、父、母、祖母、兄弟3人の6人家族で2間しかない家に、夜になってから「お~、クンちゃ~ん」とかアポなしで来て、いきなり「酒ねえが?」とか言うし、ツバ飛ばしながら誰かの悪口ばっかり言ってて、いつ帰るかわかんない。2間しかないから、ふとんも敷けないし、兄弟3人でコタツに丸くなってテレビ観ながら、酔っ払いが帰るのを待ってるしかない。

 ウチのばあちゃんが芸者やってたことがあったんで、酔っ払いの相手がうまかった。そのうちばあちゃんが「さぁさぁ、そろそろ帰れ」とか言うまでいるというか、言ってもいるというか、ほんと迷惑。
 それだけだったらいいけど、裏の家のオヤジが、例の「飲まなければほんとにいい人」というタイプで、酒を飲むと変わる。それで夜になってから、何度かその家の子どもが泣きながら助けを呼びに来たことがあったね。そうすると、ばあちゃんがまた駆り出されて、隣の家に止めに行く。
 ある日、なにを思ったのか「みっきお、ちょっと来い」と言われて、いっしょに連れて行かれたことがある。行ってみたら地獄で、いろんな物が散らばったなかで、真っ赤な顔して酔っぱらってるオヤジがいる。当時は蛍光灯じゃなくて、電球だからね、今思い出しても怖い。そのそばで、おじさんよりひとつ上の姉とひとつ下の弟が泣きわめいていて、ばあちゃんが二人に「かあちゃんは?」と聞くと、流し台のほうを指さす。流し台の下に逃げ込んでたのかね。
 それでばあちゃんはどうするかというと、「なぬしたんだ」とか言いながらドンドン上がりこんで、話相手になるふりをして酒をバンバン注いで、さっさとツブしてしまうわけだね。おじさんを連れて行った理由は未だに謎だけど、子どもを連れて行ったら、暴力振るわれないだろうと思ったのかな。
 おじさんは「ばあちゃん子」だった。今の子って「ばあちゃん子」って知ってるかな。ウチは親が共働きだったから、ばあちゃんに面倒みてもらった子どもという意味ね。じゃあ、ばあちゃんを好きだったかというと、微妙だね。なにしろばあちゃんも酒飲みなんで、夜になるとフラッといなくなるし、そういうときはだいたい近所の酒屋でオッサンたちと飲んでる。銭湯にもばあちゃんと行ってたんだけど、悪酔いして女湯の排水口のところで吐いたりするんだね。それをお湯で流したりするし、それを見てるとなんか悲しい気持ちになった。

 ええと、酔っ払いの話じゃなかったね。お酒はおいしいのかって話。お酒ね、あんまり飲まないけど、日本酒はおいしくなったでしょ。昔の日本酒なんて熱燗だと、鼻をつままないと飲めない感じだったし、冷でもブーンと臭ったもんだよ。今はもうシャンパンみたいな日本酒もあるし、香りもフルーティーってヤツで、酔っぱらわないんだったらいくらでも飲みたい。酒で言ったら、日本酒が一番好きかもしれないね。
 若い頃は、飲めないとバカにされるんで、人並みに飲めるようになろうと思って、バーボンとか飲んでみたりした。ビールもコロナビールね。まぁ、味が独特でわかりやすいから、うまいと思ったんでしょ。ワインと焼酎だけは未だになにがうまいのかわからないけど。
 でもね、アルコールが入ってないと、お酒ってうまいわけないと思うんだね。ノンアルコールのビールって、どこまで行ってもビール味の飲み物でしかないし、アルコールに味なんかないんだろうけど、やっぱりアルコール入りだからうまいんじゃないのかね。糖質ゼロとかいうビールもあるけど、やっぱり糖質だからうまいというのはあるかもしれない。糖質に味はないけどね。アルコールも糖質も体に悪いイメージがあるでしょ。それが微妙な高揚感を生むというか、その高揚感がうまいと思わせるというか、いやいや、それ以前に味が全然ちがうし。ノンアルコールも糖質ゼロも、カフェインゼロのコーヒーと同じで、なんだか「いい人」っぽい味。

 だから、お酒がおいしいかどうかというのは、味以外の要素が決め手じゃないのかな。20歳未満は飲酒できないという制約があるから、酒を飲むと「うまい」とか無理やり思いこむのかもしれないし、酒なんて最初はただ苦いだけだよ。苦味に慣れてくると、それが「うまい」になるんだろうし、タバコもそう。一番最初に吸ったときなんて、口の中が気持ち悪くてツバばっかり吐いてた。その気持ち悪さに慣れて来る頃に、ニコチンがないと生きて行けなくなるわけだよね。そうそう、タバコはおじさんも吸ってたんですよ。だからわかるんだけど、この世でタバコほどうまいものはなかった。タバコのためだったら、働くのもしょうがないと思ってたぐらい。
 え? 喫煙をすすめてる? うるせえな。吸いたいヤツは吸えばいいだろ、と言っても、もうそんなことさえできない世の中になってしまってる。嫌煙権がどうのこうの言うんなら、嫌酒権も認めないと。タバコと酒とどっちが体に悪いって言ったら、酒に決まってるんだから。タバコが原因で交通事故起こしたり、人を殺してしまったり、一家離散したヤツいたかっていうの。

 また脱線してしまったけど、お酒がおいしいのは、アルコールとか糖質とか、体に悪いものが入ってるから。だいたい他の食べ物だって、体に悪いものほどうまいんじゃないのかね。おじさんは下戸なので、甘い物が好きです。甘い物も体に悪いというか、糖分は体に悪いからうまいというか。
 去年なんか甘い物をバカ食いしてたんだね。仕事中はなにも食べないけど、夕食後に、まず果物を食べて、そのあと、あんこ物とかチョコレートとかお菓子類を食べるのがルーチンで、週に2回はスタバでフラペチーノを飲んでたし、おかげで2キロぐらい太ったかな。仕事相手にも「甘い物好き」と知れ渡ってしまっているので、お土産とかはだいたい甘い物。サイン会とかやると、ファンの人からも持ち帰れないぐらいもらうので、それを宅配便で送ってもらって、2週間はスイーツ長者でいられるね。家族にも手伝ってもらうけど、ひとりチビチビ食べる。そりゃあ太るでしょ。
それで去年の人間ドックで「コレステロールが基準値の倍になったので、3カ月後に再検査してください」と言われた。ちょっと節制したつもりで年末に再検査受けたら、全然変わってない。医者に「このままだと薬を飲むことになるので、甘い物はなるべく控えるように」と言い渡された。
 というわけで、今年のはじめから「甘い物断ち」してたんだね。そしたら4キロぐらい痩せて、今年の6月に満を持して人間ドックに臨んだら、コレステロール値が減るには減ったけど、思ったほどじゃないんでガッカリ。なぜそんなに減らなかったかというと、やっぱり老化でしょう。今はもうふつうに甘い物も食べてます。1キロぐらいリバウンドしたかな。

 結局、砂糖にしろ塩にしろ、毒は最高の調味料なのかもしれない。「毒は最高の調味料」なんて、どこかで聞いたことがあると思ってググってみたら、誰も言っていないね。砂糖や塩は体に毒とか、化学調味料は毒とか、どんな食べ物でも度が過ぎると毒になるとか、似たようなことは言ってるけど。
 毒というと、コロナも毒だね。毒じゃなくてウィルスだけど。社会的に言ったら、コロナが今の一番の毒なのはまちがいない。「毒は最高の調味料」のツテで行くと、世界にとって、コロナは最高の調味料になっているのか。仕事を失ったり、倒産したり、人が何人も死んでるのに。
 そう思いながら、どこかで偽善的なものの言い方をしている自分を感じます。今ここで私の真意を述べて、誰かにわかってもらえるのか、どう言えばいいのか、あまり自信がない。だからどこかで良識的なものに逃げてしまっている。考えてみると、オレって一度も自分の真意を伝えていないのではないか。それに近い漫画を描いたことはあったかもしれないが。
 なんか最近そんなことばかり考えています。まぁ、歳とった漫画家なんてそんなものかもしれませんが、今はとにかく、世界があまり酒を飲み過ぎないように、酔っぱらって酒乱になるまで飲んだりしないように祈るばかりです。