問いつめられたおじさんの答え

第7回 どうしてお腹がすくの?

片岡鶴太郎さんへの愛がほとばしる回です。

 お腹がすくというのは、その前はすいてなかったということだよね。ごはん食べてお腹いっぱいになってから、まただんだんすいてくるわけだけど、それはやはり消化作用だね。消化作用というのは、食べたものを、胃をグルグル動かしたり、胃液で溶かしたりして栄養に変えていくわけだ。まぁ、生き物はみんな栄養をとらないと、病気になるか死んでしまうからね。
 と、ここまではいい。この辺まではみんな知ってることだから。だけど、「お腹がすいた」と感じるシステムについては、あんまりわかってないというか、基本みんな興味がない。どうして興味がないかというと、自分がやるわけじゃないからだね。いや、たしかにお腹がすいたというのはわかるんだけど、お腹がすいたというのを知らせるメカニズムがよくわからない。そりゃわかんないわけだよね、だって自分でそのメカニズムを動かしてるわけじゃないし。

 言ってみれば、消化するということだって、わかってないわけだ。自分でやってるわけじゃないから。いやいや、自分でやってるでしょ、というのは自分の体がやってるということなんで、自分でなにかアクション起こしてやってるというわけではない。だって、消化させるのに、毎食後4キロランニングするとか、腹筋100回するとか、お腹がすくように庭になにかのタネを撒いたりしてるわけじゃないんだから。
 お腹がすくのも、消化するのも、息をするのも、眠くなるのも、だいたいのことは自律神経がやっていることなんで、自分ではない。厳密に言ってしまえば、自分の体がやっていることであって、自分がやっているわけじゃない。自分と自分の体は別なんですか、と聞かれれば、ちがうと思うね。自分というのは意識で、自分の体は肉体なんで。

 では生きているのはどっちですか、と聞かれたら、まちがいなく自分の体の方でしょう、と答えることにしています。
 だって、赤血球に含まれるヘモグロビンで酸素を運搬させるとか、ケラチンで表皮や毛髪や爪をつくらせるとか、リンパ球で免疫グロブリンを合成させるとか、そんなの出来るわけないじゃない。全部体がやってくれてることなんで、自分という意識は、ただなにかに反応しているだけでしょ。自分なんてただのバカと言ったら言い過ぎか。言い過ぎだよね。自分なのに。

 では自分とはどっちなんだと言われると、自分というものの定義からはじめなければいけないので、とてもめんどくさい話になるんだけど、めんどくさいことはヌキにして言えば、意識のほうが自分だと思う。

 最近、ウチの娘が体調を崩して、頭痛はするわ、冷え性で肩こりするわ、めまいまでするので、医者に行かせたんだね。それでいろいろ検査をしてもらって、心電図からレントゲンからMRIまで撮ったそうなんだけど、原因は耳石じゃないかという。
 耳石というのは耳の奥にある平衡感覚をつかさどる小さな石というかカルシウムの塊なんだけど、それが振動を起こすとめまいとか吐き気とかの症状が出るときがある。それで薬をもらって飲んだら、次の日は天井がグルグルまわるほどめまいがひどくなって、会社にも行けなくなったんだね。
 おじさんは、医者が「耳石じゃないか」と診断した時点で、「耳石なわけないだろ」とか思ったんだけど、それを言うとまた娘と嫁さんにイヤな顔をされるんで黙ってました。黙ってても、嫁さんと娘は「なにか言い出すんじゃないか」と疑ってイヤな顔はしてたけど。

 というのも、それはおじさんが経験した症状に似ていたんだね。結婚したあたりだったと思うけど、なんか最近調子悪いな、というか、ダルかった。それである日、嫁さんと街に出かけた時に、強烈なめまいがしてね、それこそ空がグルグルまわる状態で、とても歩いていられない。なんとか街灯につかまって、辛うじて立ってたんだけど、急遽タクシーに乗って家に帰ることにした。
 車中、低血糖で血圧が下がるような症状が出て、体がどんどん冷たくなって行くわけね。ひとまず家に着いて安静にしてたんだけど、体温が下がったままなので、心配した嫁さんが電話で救急車を呼んでくれた。それで救急車に乗って病院に行ったら、ブドウ糖かなんか打たれたんだと思うけど、ひとまずよくなったんだね。
 そのあとはもう二度とそんなことはなかったかというと、そこまでひどくはなかったけど、似たような症状は何度か出た。それで近くの神経科の医者に行ってみたら、どんな症状か聞かれただけで、病名も言わないで薬だけ出してきた。
 まぁ、その薬を飲んでたら、変な話だけど、両方の手のひらが火照るというか、赤くなってきて、なぜか両方の足の裏がしびれる感じがしたんだね。誰も両方の手のひらを赤くして、足の裏をしびれさせてくれなんて言ってないのに、なんて医者だと思って、また別な内科に行ってみたら、そっちの医者は「寒冷性蕁麻疹」だとか言う。
 そんな天気予報みたいな病名じゃなくて、ちゃんと診断しろよ、とか頭に来たんで、また別な医者に行って、それこそレントゲン撮って、MRIも撮ってもらったら、「悪いところはない」とか言う。なぜかそこは和風な作りの古い病院で、広めの和室にレントゲンとか、MRIとかあったんだね。まぁ、和室にそんなもの置くなというか、やっぱり町医者じゃダメだと思ったけど、それで医者不信になったというか、自分で治すしかないと考えたわけだ。

 今でこそなんでもググればいいけど、当時はパソコン通信ぐらいしかなかったので、本屋をまわって、自分の症状は「自律神経失調症」じゃないかと見当つけたんだね。
 まぁ、症状に関してはだいたい合ってるので、そこに載っている自律訓練法というものを試してみたら、なんかいい。自分の体なんて自分の思いどおりにならないものだと諦めていたけど、初歩的な自律訓練である「両方の手のひらがあたたかくなる」というイメージをやってみると、そのうちほんとに手のひらがあたたかくなるんで、ちょっとびっくり。なんというか、自分と自分の体が繋がっているのをはじめて実感したわけだ。
 それまでは、腹が減ったり、下痢したり、アクビしたり、眠くなったり、そんなこと体が勝手にやってるんだと思ってたけど、自分のテレパシーが体の中では有効というか、イメージしたとおりに体が反応するということに驚きがあった。それまではエッチなことを考えると、アソコがアレするぐらいしかなかったし。あははは。
 それからは自己流だけど、いろいろな自律訓練法をやってみたんだね。しまいに、呼吸法とか気功までかじったりして、嫁さんの肩こりを気功で治したりしてました。まぁ、未熟なままやってるので、過呼吸になったり、どこかインチキ臭いのは拭えないけど、この世に「気」というものが存在することはわかりました。今でも気を丹田に集めるとかの基本的なことは、日常的にやってるんで、自分の肩こりぐらいは自分で治せるようになったんだけど。

 実はね、おじさんは片岡鶴太郎ってうらやましいんだよね。仕事する9時間前には起きて、ヨガを6時間ぐらいやって、一日一食を2時間ぐらいかけて食べるとか。
 鶴ちゃんのヨガの動画も見たけど、みんなあの時、鶴ちゃんの肉体の中でどういうことが起きているのかわからないでしょ。たぶん全身にテレパシーが行き届いた状態だと思うんだよね。髪の毛の先にまで意識が届くというか、自分の肉体の中で駆け巡るものを感じているだろうし、それを自分で制御できる状態。これぞ自分と自分の肉体が同化した境地じゃないかね。
 結局、自分がなぜ不調に陥ったのかは、今でもわからないんだけど、結婚生活のストレスかもしれないし、いきなりジョギングをやめてしまった反動かもしれないし、夜を徹したパソコンのやり過ぎだったかも。だけど、娘の不調の原因はなんとなくわかってたんだね。その前に、仕事上のことでストレスがあったので。
 それで娘にも自律訓練法をすすめたんだけど、当然、うさんくさい顔はされました。ひとまず入門書を買ってやって、パラパラと目を通してみて、簡単なのとか、興味があるのだけやってみるといい、ぐらいに言ったんだけど、「パソコンで目が疲れた時にやってみたらすごく効いた」とか言ってたね。そのあとも「やってる」そうです。
 
 どうしてお腹がすくのかは、わかったでしょ。つまり、自分でそんなことまでやれないから、体が勝手にやってくれてるわけだね。だから不思議に思える。我々の体は、まだまだわからないことが山ほどあるわけだね。精密で緻密で秘密に満ちているというか、つまり3密なんです。
 コロナと戦って勝つとか、これは戦争だとか言ってる人がいるけど、ウィルスと戦って勝てるとは思えないな。負けるしかないんですよ、我々は。負けてボロボロになって、なんとか生き延びるしかない。だって、生きているのは我々じゃなくて、体なんだから。ウィルスを前にして、自分で出来ることなんて、それこそ、マスクして、手を洗って、3密を避けることぐらいでしょ。なにをどうすればいいのかなんてわからない。
 生まれたのも体だし、生きているのも体だし、死ぬのも体だと思うんだね。我々は体が生きている間、反応したり、感想を言ったり、感じたことを書いたりしているだけなんじゃないかね。
 だけど鶴太郎はそうじゃない。鶴ちゃんだったら絶対コロナにかからないと思う。自分と体が一体なんだから、コロナにかからないためにはどうすればいいのかわかっているはず。鶴ちゃんだけはコロナにかからないね。かからないでほしいなぁ。