ちくま新書

戦争と平和の隙間を衝くロシア暗躍の全貌とは
小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』「はじめに」より

冷戦後、軍事的にも経済的にも超大国の座から滑り落ちたロシアは、なぜ世界的な大国であり続けられるのか? 国際秩序が揺らぎ、戦争も形を変えたかに見える現在、劣勢下の旧超大国は、戦争と平和の間隙を衝くハイブリッドな戦争観を磨き上げて返り咲いた。新しい戦争の最前線とロシア暗躍の全貌を活写した、ちくま新書『現代ロシアの軍事戦略』より「はじめに」を公開いたします。

本書を理解するための基礎知識
 最後に、本書をお読みいただく上で押さえておきたい基礎的事項をまとめておこう。

 本書はロシアの軍事戦略に関するものであり、したがって、その主人公に相当するのはロシア軍(正式名称はロシア連邦軍)である。2021年現在、その兵力は定数101万3628人、実勢90万人程度とされており、このうち徴兵(18〜27歳の男子国民の義務とされ、勤務期間は12カ月)は25万人程度。残りは職業軍人として定年まで勤務する将校(約21万人)と、契約に従って限られた期間勤務する契約軍人(約40万人)、各種学校生徒などで占められている。

 組織的に見ると、ロシア軍は陸軍(SV)・海軍(VMF)・航空宇宙軍(VKS)の三軍種に加えて、独立兵科の空挺部隊(VDV)及び戦略ロケット部隊(RVSN)、その他の国防省直轄軍事部隊(兵站を担う物資装備補給部隊など)によって構成される。このうち、陸海空軍の大部分はロシア全土を5つに区切った軍管区ごとに統合戦略コマンド(OSK)と呼ばれる統合部隊を編成しており、それぞれが「ミニ・ロシア軍」として完結した作戦を行う能力を有する。

 一方、RVSNや海空軍の戦略核部隊は、戦略抑止戦力(SSS)と呼ばれ、以上のような一般任務戦力(SON)とは区別される。最大の特徴は、これらの核部隊がOSKの指揮を受けず、ロシア軍最高司令官(つまり大統領)の直接指揮下に置かれていることであろう。この点は軍事介入の先兵となるVDVや、第3章で扱う精鋭特殊作戦部隊も同様である。

 さらに、ロシアには、軍以外にもいくつかの軍事組織が存在する。例えば国内での反乱鎮圧を任務とする国家親衛軍は火砲や装甲車まで保有し、国防法ではロシア軍に次ぐ「その他の軍」と位置付けられているほか、ソ連国家保安委員会(KGB)の末裔である連邦保安庁(FSB)の傘下には大規模な国境警備隊と対テロ特殊部隊が存在する。ソ連国防省の民間人保護部門にルーツを持つ防災機関、非常事態省(MChS)もここに加えることができよう。ロシアの軍事戦略を理解する上ではこの種の準軍事組織の存在が非常に重要になってくるので頭の片隅に入れておいていただきたい。

 

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