パンケーキフレームワークで変化をとらえる 

第3回 店舗販売からEコマースへ

コロナ禍において最も大きな変化があったことの一つに、「買い物」があるのではないでしょうか。リアル店舗でなくオンラインで買うことによるメリットはいろいろありますが、本ではさらに「電子書籍」という大きな選択肢が出てきました。

 パンケーキフレームワークで変化をとらえる、その事例として店舗販売からEコマースへの変化を考えてみましょう。

 まずはパンケーキフレームワークとは何かについて簡単におさらいしておきます。

 技術革新やビジネス・社会の環境変化によって古い技術や価値観から新しい技術や価値観への移行が起きるときに、図のような領域が生まれます。

 
 

   

 ここで着目するのは、1従来の技術や価値観で可能だったが新しい技術や価値観では可能になること、およびその逆の3従来の技術や価値観で不可能だったが新しい技術や価値観では可能になる(と予想される)ことの二つの領域です。

 これらへの見方が、変化に柔軟に対応する人と変化に抵抗する人とでは異なり、それらの領域を意識することで、変化によって何が起きるのかを予想したり対処したりすることが可能になるというのが、このパンケーキフレームワークの活用方法です。

 変化に抵抗する人は「1の領域」に固執し、新しい世界では「あれもできないこれもできない」と嘆くのに対して、変化を歓迎する人は「3の領域」に着目してそこから想像力を発揮することで「こんなこともあんなこともできるようになるのではないか」と変化に期待を膨らませます。

 これを冒頭のテーマの店舗販売からEコマースへの変化で考えてみましょう。

 コロナ禍において店舗での買い物に大きな制限がかかったことから、買い物の場が一気にネットに移った人は多いでしょう。アマゾンや楽天といったEコマースの業界はコロナ禍で苦しむ他業界を後目(しりめ)に空前の活況を呈しています。いまとなってはEコマースの利便性に異議を唱える人はいないでしょうが、まだインターネット黎明期の例えば90年代の時点では多くの人はネット販売には懐疑的でした。つまり、パンケーキフレームワークでいう1の領域を唱える人が多かったのです。

 例えば「店舗でできるがネットだとできなくなる」ことの代表は、「お試し」です。典型的なのは書籍における「立ち読み」です。ネット書評等がいまのように世にあふれておらず、ごく一部の専門家による新聞や雑誌での書評ぐらいしか情報がなかった当時、書籍の購買決定要因の大部分はこの「立ち読み」が占めていました。この立ち読みがネットだとできなくなるわけです。当時の本好き、あるいは主な書籍購買者にとって「立ち読みせずに買いたい本を決定する」などというのはほぼ「あり得ない選択肢」だったと考えられます。

 もちろん当時だって、例えば大学の専門領域のテキスト等、「タイトルや著者や出版社が明確で、かつ一般書店における在庫が少ない」ようなものについてはネット上の方が優れていることは明白でしたから、このような「特定の限られた用途」においては優れているところはあるものの、圧倒的な大部分を占めた「立ち読み購買決定層」を考慮した場合にはネットで本を買うなどというのは、ほぼあり得ない選択肢であったと言えるでしょう。

 ところがこのような「常識」は、約20年後にものの見事にひっくり返ってしまったと言えるでしょう。その大きな要因はパンケーキフレームワークでいう3の領域、つまり「店舗でできなかったがネットでは圧倒的に便利になった」ことに、多くの人々が実際に使ってみることによって気づいたからです。

 書籍の場合は紙→電子というもう一つの変化もあったために、これらを二段階に分けて考えます。一段階目は紙の本を店舗で買うこととネットで買うこととの違いです。

この場合の1は前述の通りで、実際の中身のみならず装丁やデザイン、紙質、厚さ等の質感といったものがわからないといったことが挙げられます。

 一方で3に関しては、使ってみれば意外に多くのメリットがあることがわかってきました。例えば圧倒的な検索性(当時は書店に顧客自身が検索できる機械を置いてあるところなどなく、大きな書店に限ってそれが可能で、専門カウンターで検索を依頼していました)です。またこれはその後のネットの会社のイノベーションによっていわゆる「ロングテール」と呼ばれる、極めてニッチな書籍まで常に在庫を持たせることが可能になりました。さらに現在では「いつでも」「どこでも」注文できることは、店舗に比べて圧倒的な優位性を持っています。

 また、海外書籍やいわゆる「洋書」へのアクセスもまさにけた違いの利便性をもたらすことになり、20世紀には海外旅行者の一つの大きな目的であった「海外書店巡り」の様相も大きく様変わりしたのではないでしょうか。

 さらにそれが電子書籍になると、書籍そのものの検索性、持ち運び性の向上(紙の本であればせいぜい一人が持ち運べるのは10冊程度ですが、電子になればほぼ無限の本を「持ち運ぶ」ことも可能)です。さらに言えば、クラウド上に置いておけば端末を「持ち運ぶ」必要さえなく、世界中のどこででもネットカフェに飛び込めば「自分の巨大な書庫」にアクセスできるようになったのです。

 紙の本でも享受できていた「いつでも」「どこでも」はさらに電子で利便性を増し、例えば「南アフリカで夜中の3時に」突然読みたくなった本を30秒後に読み始めることだって可能になったのです。

 さらに電子になれば書籍の作成や流通のコストや時間も圧倒的に下がります。その他3の領域はデジタル化一般のメリットも多く、恐らく20世紀に想像で語られていた状況と比べれば何十倍も3の領域のメリットは感じることができるようになっているでしょう。

 今回はネット販売の一つ目の事例として書籍を取り上げましたが、次はさらに別の商品も取り上げていきたいと思います。