パンケーキフレームワークで変化をとらえる、今回は技術革新によってもたらされる変化の受け入れ方が新旧でことなっていることの例を示しましょう。
例によって、始めにフレームワークの要点を示します。
このフレームワークは、イノベーションなどで生じる社会変化に対して起きることを「弁図」型の四つの領域に分けて、その領域ごとに変化を考えることです。今回は、技術変化によって変わるのは一体何なのかということを考えてみましょう。
始めに、技術による私たちの日常生活の変化に関する例を一つ取り上げます。それは自動改札です。もはや人間による「手動改札」の時代がどうだったかを思い出すのも難しくなるほど、特に都心部においては自動改札や電子マネーの導入が進んでいます。若い世代の人たちは「切符を切る」という、以前の文字通りの「改札」(切符を調べてはさみを入れたりすること)の物理的な手続きを、全く知らない人も多いでしょう。
もちろんこれは、自動改札機という機械の導入によって「改札員」という人間の仕事が置き換えられたという、典型的な技術革新による自動化の移行をとらえたものです。ここではもちろん人間がやっている「改札」という行為が機械によって置き換えられたわけで、これはフレームワークでいう「2」の領域に相当しますが、実はこのような置き換えと同時に「3」の領域に相当する新しい変化が生まれています。つまり、それは紙の切符と手動改札でできなかったことが自動改札でできるようになったことなのですが、さてそれは何でしょうか?
今回取り上げたいのは、技術革新という物理的な置き換えによって人間の行動そのものに変化が生まれ、それが「3」の領域につながっていくということです。つまり、技術革新によって必ず人間の行動パターンが変化するということなのです。自動改札によって何が変わったかを考えるうえで、その前後で人間の行動順序がどのように変わったかを、ステップバイステップで考えてみましょう。
【切符+手動改札のプロセス】
1 切符を買う
2 出発駅の改札を入る(手動)
3 到着駅の改札を出る(手動)
となります。対して「変更後」は
【デジタル+自動改札のプロセス】
1 出発駅の改札を入る(自動)
2 到着駅の改札を出る(自動)
となります。
こうすると明らかですが、「切符を買う」というプロセスも自動改札と一緒にほぼなくなっており、実は自動化による効率化は改札という行為そのものの自動化に加えて、乗客の側としても窓口、あるいは券売機の前に並ぶ手間が省けることになったというわけです(急いでいるときには決定的な差といってもよいでしょう)。
ある意味当たり前中の当たり前のようなことですが、実際に「改札の自動化」だけを考えていると、フレームワークの「3」に相当するこのような「副次的効果」は見逃しがちなのではないでしょうか。
さらに「デジタル化」で「切符を買わなくてよくなった」ので、余計な資源を使ってゴミを増やさなくて済むというエコの点からも効果があるわけですが、さらに顧客側の使い勝手の決定的な変化があったのがおわかりでしょうか。
おそらくこれはほとんどの人が無意識のうちに享受しているものなので、改めて気づいている人は意外に少ないのではないかと思います。それは、「行先を乗る前に決めなくてもよくなった」ことです。
「切符を買う」ということは、基本的に乗る前に最終目的地を決定する必要があるために、電車に乗っている間に何らかの理由によって降車駅を変更したいと思ったら、必ず降車時に精算するという行為が発生していましたが、自動改札のシステムではそれが必要なくなり、「降りたいところで自由に降りられる」ようになり、結果として乗客の行動パターンに変化を与えたことになるでしょう。
もちろんこの変化は、「当初の予定より遠くまで行くことで降車時に電子マネーをチャージする」必要が出てくることもある、という「余計な」行為(「1」の領域)が発生することになったとも言えますが、予定より遠くまで行った場合には、もれなく精算の必要が出てきた「変更前」に比べてマイナスになったとは言えないでしょう。
このように、技術革新による「人間」→「機械」の変化や「アナログ」→「デジタル」の変化は、単にハードウェアや技術といった物理的なものの置き換え以上に人間の行動の順序やステップに大きな影響を付随的に与えることになり、むしろそれによるメリットの方が当初想定していた効果よりも大きくなることさえ起りえますが、意外にそのような副次的なメリットは導入前には想定しきれないものです。イノベーションによる私たちの変化というのは、技術革新から生まれる人間の行動の変化が大きいのです。