ちくま文庫

決定論と確率論 ― 「万馬券」を買える人、買えない人
『やわらかい頭の作り方』重版記念試し読み

誰にでも「考え方の癖」があり、「これが常識だ」と思いこんだり、物事を片側しか見ていなかったり、自分の価値観が絶対だと思いがちだ。そのために、新しいアイデアが出なかったり、周りの人と認識のギャップを埋められなかったりして、仕事にも悪い影響があるかもしれない。 細谷功×ヨシタケシンスケ『やわらかい頭の作り方——身の回りの見えない構造を解明する』は、そんな「考え方の癖」に気づかせてくれる1冊です。刊行即重版を記念して、本文からもう1つ厳選して公開いたします! ぜひお読みください。

 競馬やスポーツくじ等で、たまに「大穴」が出たというニュースが出ます。いわゆる「万馬券」というのは、100円が数万円という「数百倍」に増えるわけで、万一、一万円でも買っていようものなら、それが何百万円になるわけですから、それは文字通り笑いが止まりません。サッカー等のスポーツくじではさらにその倍率が上がることもあります。

 このようなニュースを聞いて、「自分もせめて100円でも買っていれば……」と言う人がいますが、こういうセリフを言う人が実際にこのような「穴馬券」を手にすることはまずないと言えます。それは単に確率が低いという問題だけでなく、おそらく本人もほとんど自覚していない「思考回路」にも起因しているからです。

 ここでは、このような不確実性の高いものに対する考え方の違いについて考えてみましょう。

 人間には大きく「確率論」で考える人と「決定論」で考える人がいます。必ずしも常にどちらか一方の思考回路という人だけでなく、時と場合によってこれらを使い分けている人もいますが、たいていの人はどちらかに偏っている傾向があり、どちらかといえば「決定論」で考える人の方が多数派です。

 それではこれらの思考回路はどのように異なっているかを下表で見ていきましょう。

 
 まず基本的なスタンスですが、決定論というのは、結果には必ずしかるべき原因があり、逆にいうと原因さえ明確であれば、その後物事がどのように進んでいくかはそれらによって必ず予測ができるという発想です。

 これに対して、確率論というのは、物事の挙動は最終的にはある確率をもって決定されるが、それを一つの結果として予想することはできないという発想です。つまり、決定論では成功も失敗もすべてやり方が良かった(あるいは悪かった)からということになりますが、確率論では、(それまでは「人事を尽くす」としても)「最終的には成功も失敗も時の運」という発想です。成功や失敗の確率をコントロールしたり予想したりすることは、ある程度までしかできないというのが大前提です。

 結果として、決定論の人は「結果」が悪ければ、やってしまったことを「やるべきではなかった」といつまでも後悔します。なぜなら、失敗したということは、やると決めた自分の意思決定なりやり方が間違っていたと考えるからです。

 対して確率論の人は、「最善を尽くしても運が悪かった」とすぐに立ち直って次の挑戦に臨みます。

 例えば「穴馬券」のように確率論の人からすれば「やってみなければわからない」と考えるような、ギャンブル、株式投資、新規事業のようなものに対しての投資の意思決定をする場面でも、決定論の人は、「過去の因果関係やデータ」を最も信用します。なぜなら、「過去に起こったことが必ず将来につながっている」という、絶対的な因果関係を信じるというのが決定論の前提だからです。こう考えると、基本的に決定論の人は「過去の成功した結果の集大成」で物事を判断することになります。その方が論理やデータでの裏付けが簡単で、きちんと「結果が出ている」ものだからです。

 要は決定論の人というのは基本的に過去志向、すなわち物事が「起こった後で」それを論ずるという思考回路になっているのです。よくも悪くも、「起こったことを説明する」ことが得意だということです。

 そう考えればなぜ「買っておけばよかった」とは思っても実際に買う可能性がほとんどないのかがわかります。本人も気づいていないことが多いですが、基本的に「成功する確率が低い将来の事象」に取り組むという発想がないからです。

 逆に「確率論」の考え方の人は、基本的に「やってみなければわからない」というスタンスなので、必ずしも過去に起こったことが次も起きるという前提では考えません。その結果として将来に対してリスクをとって、大胆に発言したり行動したりします。将来に対して行動することは、間違えるリスクをとるというなにげないことを、決定論型の思考回路の人は理解していません。だから終わってから、「自分もそうできたのではないか」という誤解を持ってしまうのです。

 

 不確実性が高い意思決定をしたりする場面で、結果が出る前と結果が出た後で両者の思考回路は大きく異なります。

 決定論の人というのは、結果が出た途端に態度が豹変します。「終わりよければすべて良し」と、ある意味わかりやすい思考回路です。世の中の新しい動きについても、はじめのうちは(実績がないので)懐疑的でひややかな目でみています。実績があるもの、過去に成功したもの、そのような理由で前評判が高いもの(馬券で言えば本命)を常に良しとし、逆に過去の実績がないものはひややかに見ています。ところがこのようなものでも、有名人や有名企業が採用するといった形で「結果」が出た途端に態度や評価が一変しますが、しょせんこの時点ではもう後追いになってしまっています。

 一方、確率論の人は、不確実性の高い意思決定は、事前のプロセスで最善を尽くしてもしょせん失敗する可能性もあることを自覚していますから、意思決定前に「うまくいくはずがない」と決定論の人に言われても動じないと同時に、もしうまくいったとしても、そこで傲慢になることもありません。要は結果が出る前後で態度や姿勢が変わることはないのです。

2023年12月24日更新

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細谷 功(ほそや いさお)

細谷 功

ビジネスコンサルタント、著述家。㈱東芝勤務の後、アーンスト&ヤング、キャップジェミニ、クニエ等の日欧米系コンサルティング経験を経て独立。問題発見・解決や具体⇄抽象等の思考力に関する講演や研修を国内外で実施。著書に、『やわらかい頭の作り方』(筑摩書房)、『地頭力を鍛える』『アナロジー思考』『問題解決のジレンマ』(いずれも東洋経済新報社)、『「Why型思考」が仕事を変える』『メタ思考トレーニング』『「具体→抽象」トレーニング』(いずれもPHPビジネス新書)、『なぜ、あの人と話がかみ合わないのか』(PHP文庫)などがある。

ヨシタケシンスケ(よしたけしんすけ)

ヨシタケシンスケ

1973年神奈川県生まれ。絵本作家。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。スケッチ集や、児童書の挿絵、装画、イラストエッセイなど、多岐にわたる作品を発表。2013年に初の絵本『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)を出版し、第61回産経児童出版文化賞美術賞、第6回MOE絵本屋さん大賞第1位を獲得。その後、『もう ぬげない』(ブロンズ新社)『りゆうがあります』『なつみはなんにでもなれる』『おしっこちょっぴりもれたろう』(PHP研究所)『あつかったら ぬげばいい』(白泉社)『あんなに あんなに』(ポプラ社)で7度にわたりMOE絵本屋さん大賞第1位に輝く。

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