脇田玲

第1回:ラボドリブン社会とは何か

いま「ラボ」や「リサーチ」を冠した組織が、アフターインターネット時代のビジョンを作りあげつつある。彼らはスピード感と軽やかさを武器に、新しい技術の可能性を社会に問い続けているのだ。ラボやリサーチをイノベーションの駆動力とする「ラボドリブン社会」とはどのようなものか。ビジネスからアートまで、最先端の現場からラボの新しい姿を解き明かす。

アフターインターネット時代に来るもの

去るリオ・オリンピックの閉会式の中で、2020年の東京五輪に向けての日本のショータイムが喝采を集めたのは世間の知るところである。何が素晴らしかったのかというと、もちろんそれはスーパーマリオに扮した安倍首相のパフォーマンスではなく、むしろその裏方、日本のハイテクロノジーを駆使した舞台演出がスゴかったのだ。日本の威信をかけたリオの大舞台の原動力となったのは、ライゾマティクス・リサーチの活躍だ。この組織の中心人物である真鍋大渡さんと石橋素さんは、最新のテクノロジーを神がかり的に使いこなすプログラマーだ。「リサーチ」という名前にあるように、彼らは常に実験的な仕事で社会を驚かせてきた。アイドルユニットPerfumeのAR技術を駆使した舞台ビョークのVR技術を用いた新曲など、その組み合わせの斬新さにおいて、また実験精神の深さにおいて、既往の舞台芸術の比ではない。


ここ数年、デジタルメディアの世界では、「ラボ」や「リサーチ」といった言葉を冠した組織の活動が活況を呈している。国内であれば、前述したライゾマティクス・リサーチやチームラボの活躍は新しい文化を作りあげつつある。海外に目を向けると、MITメディア・ラボアルス・エレクトロニカ・フューチャーラボGoogle ATAPといった研究組織の活躍が目覚ましく、インターネットを介して日々伝えられるラボの活躍に世界中が注目している。例えば、Google ATAPのProject Jacquardは導電糸(電気を流す糸)を用いたウェアラブルインターフェイスを開発しており、リーバイス社との協業によりスマートフォンを操作できるジーンズを開発中だ。これにより衣服は体温を保持する装置から、情報をやり取りするためのプラットフォームへと変化する。身体情報を使った頑健なセキュリティやセルフメディケーションにもつながっていく。リーバイスと組むことで短期間での製品化も実現するだろう。ラボという組織、そしてその中で営まれるリサーチというアクティビティがアフターインターネット時代のビジョンを作り出していることは間違いない。

ラボがイノベーションを駆動する社会

このコラムでは、そんなラボやリサーチをイノベーションの駆動力とする社会(ラボドリブン社会)について考えてみたい。

ラボ(Lab.)はラボラトリー(Laboratory)の短縮形で、実験室や研究所という意味を持つ言葉なので、もちろん以前から同様の組織は存在していた。自動車会社、メーカー、通信会社の多くは研究所を持っているし、バイオのようにリサーチが主体となる業界もある。さらに、これらの企業が扱うにはリスクが高すぎる課題や収益を見込めない研究は大学という組織が担ってきた。これらの古典的な研究所の多くは、長い間人々が渇望してきたニーズと真摯に向き合い、大きな発見や発明を成し遂げてきた。そこから得られた知見からサービスや商品を作り、社会に貢献してきた。

一方で、今日的な「ラボ」は古典的な「研究所」と異なる理念で活動しているように見える。基礎技術を生み出すことは稀で、むしろ世界中で生まれる技術を貪欲に吸収し、それを応用したプロトタイプを素早く作り出すことに注力しているようだ。スピード感と軽やかさを武器に、新しい技術の可能性を社会に問うサービスを提供し続けているのだ。いわば、従来的な研究所は中心的かつ積分的であるの対して、今日的なラボは分散的かつ微分的なのである。例えば、前述したGoogle ATAPでは全てのプロジェクトが2年というタイムフレームで動いている。この短い時間の中で、コンセプトを創出し、マーケットに投入可能なプロダクトを作り出し、プロモーションも貪欲に行っている。チームはパフォーマンスの高い少人数で組織され、外部の優秀な人材とのネットワークを積極的に利用している。

もちろん全てのラボがそのような態度を取っている訳ではないし、古典的な研究所の価値を否定する訳ではない。例えば、メディカルやハードサイエンスの世界では基礎研究が何よりも大切だし、それによって救われる命がある以上、その存在意義は少しも揺るがないどころか、ますます価値を高めている。このコラムで扱うデジタルメディアの分野においても、人々の幸福や安全のための研究が多く存在しており、それらを否定するつもりはない。

本コラムでは、私自身の経験も含めて、これから個別具体に渡ってラボの新しい姿を読者の皆さんと一緒に考えていきたい。研究者ならではの堅さが文章に滲み出ている可能性があり、少々読みにくい文体かもしれないが、その辺りは編集の皆さんに教えを請いながら日々精進していくので、文体の不備については皆さまのご海容を冀うところである。