ちくまプリマー新書

日本はまさかのランク外?

伊藤智章『ランキングマップ世界地理』について、大人気社会科講師の伊藤賀一さんが書評を書いてくださいました。ランキングと地理をみていくなかで、実は日本・・・・・・といったことがわかります。ぜひご覧くださいませ。

 高校の地理教員による、地図とデータを駆使した、若者向けのプリマー新書としては骨太の著書である。
 第1~2章で自然環境と人口・都市を押さえ、第3~5章で第1次~3次産業について詳細に書かれている。そして第6章で生活・文化についての記述で締められる。
 本書の軸は、ランキング制の旧データと新データの比較による推移で、上位と下位の入れ替わりの激しさを見て楽しむ部分にある。そして太ゴシック体などで知識を強調しない、無理に「読みやすい」状態にせず、読者にフラットな状態で「考えてもらおう」という意図を強く感じさせる作りである。
 さてその意図に乗り読み進めてみた結果、途中から評者はある種の恐怖を感じた。日本の現状についてである。
 前半の自然環境と人口・都市についてはさほど問題ない。国土は狭いが全体としては標準以上。突発的な自然災害はあっても穏やかな気候で、減りはしても人口は多くインフラは発達している。
 しかし、中盤の産業部門が危険だ。第1次産業(農林水産業)は、国土が広く、近年効率的に生産・販売をするようになった国々に圧倒されている。彼らに輸出をストップされれば、とてもじゃないが生きていけない。人の根本である「食べる」部分を他国に握られているような状態でいいのだろうか?
 第2次産業(鉱工業)の鉱業=地下資源分野に関してもまた同様である。前述の「食べる」と総合すれば「暮らす」を他国に頼り切っているような状態である。工業=製造分野もまた、原料がなければ展開できない。しかも以前は重要な外貨獲得手段であったが、様々な国々に追い抜かれている。
 そもそもランキングに、日本はほとんど登場しない。本書が優れているのは、日本と諸外国との「スケールの違い」を表出させているところだ。淡々と書かれているからこそ、驚きの連続である。全てに地図・データが添付されているので説得力抜群。ぐうの音も出ない気持ちでページをめくる。
 第3次産業(商業・サービス業)はマシだろうと思いきや、意外と日本は大したことがない。秀でているはずだという過去の栄光への思い込みが打ち砕かれる。この第5章までで、日本の目に見える部分の「国力」のなさが浮き彫りになる。ああ、だからインバウンド(訪日観光客)に来てもらいたいのだな、と腹の底から理解できる。そして見てもらう価値のある日本がある。それが第6章の生活・文化だ。ここには(他国を含め)優劣はなく個性があるだけだからだ。これが救い・希望である。
 さて高校の地理教師に対し、予備校の歴史講師として、評者は以下のように考えた。そこそこの環境に暮らしてきた我々は、江戸時代までは極東の第1次産業の島国として発展した。そして維新期以後、教育水準の高さや勤勉さを駆使して一気に欧米列強と肩を並べ第2次産業も盛んになった。先の大戦で大敗し、国土は荒廃しても、後者の力により復活して高度成長を果たし、経済大国となった。
 国土が狭いのに自国通貨が強くなれば(植民地拡大を是とする帝国主義の時代ではないだけに)、「先進国病」状態となり国力は落ちる。あとはいかに第3次産業の力を上げ、個性を活かしていくかが勝負だ。極東の島国「日本」という地理的条件を受け容れ、今の状態から国力を上げるしかない。
 なるほど、本書は日本の現状を客観的に認識させ、今あるカードでどのように勝負していくかを考えさせるものなのだな、と腹落ちした。だからこそ高校教員、「教育者」なのだ。予備校講師の私は、優先事項が合格させることにすぎず、「受験屋」なのだ。
 本書は評者の初の書評である。日本の現状にも自身の現状にも気づかされた。初めてが本書でよかった、と納得している。