生き抜くための”聞く技術”

第13回
“両論併記の罠”に気をつけよう

二つの見方があると思わせる罠


 今の時代、これまで社会を支えてきた前提とでもいうべき共通認識が、急速に揺らいでいるのではないか、という話を前の回でしたよね。
 今回もその揺らぎについて、もっと言えば崩れてきている現状を話して、それに対して何に注意するべきかを一緒に考えようと思う。


 「否定と肯定」という映画がまもなく公開される。これは17年前にあった実話をもとに作られた作品なのだけど、今の時代につながるとても大事な点を含んでいるので、ぜひ紹介したいと思う。


 ナチスドイツでユダヤ人600万人が虐殺されたことについては、この連載でも話したよね。この大量虐殺=ホロコーストをめぐる裁判が、2000年にイギリスであった。争点は、ホロコーストは本当にあったのか。虐殺はなかったとする否定論者と、歴史学者が戦う裁判だった。
 この映画のなかで耳に残る台詞があった。ホロコーストの否定論者と戦う歴史学者が苛立って声を荒げる。「(否定論者の作戦は)2つの見方があると思わせること、そしたら皆がこう考えるわ。そうかガス室の肯定派と否定派がいるんだと」
 この台詞を聞いてぼくはドキッとした。まさに今の時代に蔓延していることそのものだと。


 順序だてて話そう。
ホロコーストはすでに多くの研究者が実証した歴史的な事実だ。犠牲者の数600万人については確かにいまも議論がある。しかしそもそもナチス政権がきちんとした記録を残していないのだ。あくまで推計に頼るほかはない。しかしあったこと自体は、繰り返すけど歴史的事実だ。


 それを否定したい人は、そんなことなかったんだと声をあげる。まだネットも今ほど広がっていない時代、ただ叫んでもあまり効果がないから、裁判を起こした。すると法廷で争われるわけだから、あったのか、なかったのか、どちらが正しいのかということになる。するとその裁判のニュースを聞いた人は、こう思ってしまう。そうか、ホロコーストがあったと言う人もいれば、なかったと言う人もいるんだ、と。

歴史や研究をなかったことにしようとする動き


 そうなると、肯定派と否定派がいるんだと思わせる否定論者の作戦は、成功したことになる。そしてその罠が多くの人々に広がっていくとすると、ホロコーストはあったという、社会が共有していた共通認識すら、揺らいでしまう。
 歴史をなかったことにしようとする動きはいつの時代でもある、という人もいるだろう。そのとおりだとぼくも思う。でもここ1年ほどでその存在がクローズアップされたフェイクニュースは、まさにホロコースト否定論者がもくろんだ罠を、世界のいたるところに仕掛けていると言ってもいい。


 一例をあげよう。トランプ大統領の持論のひとつに「地球温暖化はでっちあげだ」というのがある。排出される二酸化炭素が地球の温暖化につながっているという共通認識に足払いをかけようしたのだ。
 確かに、本当に地球は温暖化しているのか、専門家の間でも長い間、議論があった。その結果、二酸化炭素などの温室効果ガスが地球の気温を上げていることは研究者の共通認識となり、国際社会も人々の生活を脅かす温暖化を食い止めようと連帯している。それなのに世界で最も影響力のあるアメリカの大統領が、そんなもの嘘っぱちだという主張を始めたのだ。
 

 しかもトランプ大統領の発言を世界中のメディアが取り上げ、4300万人いる彼のツイッターのフォロワーたちも、その主張をせっせとネットで拡散し続けている。


 温暖化はでっちあげだ。その主張をトランプ支持者の多くは鵜呑みにするだろう。さらに支持者でなくとも、繰り返し耳にする人の中から、こう考える人も出てくる。そうか、温暖化しているという人もいれば、していないという人もいるんだ、と。


 しかしここで忘れてはいけないのは、温暖化しているという主張には、少なくともたくさんの専門家がかかわった分厚い研究があること、そして一方の温暖化はでっちあげだという主張には、何の裏づけもないことだ。それなのにネット、とくにSNSによって大量に拡散されることで、2つの見方があるという“両論併記の罠”にかかってしまうのだ。
 トランプ大統領だけじゃない。世界中で、フェイクニュースが蔓延しつつある。国内の例もひとつあげておこう。

真実はどこにあるのか?

 沖縄の基地反対運動はテレビなどで目にしたことがあるだろう。その運動をめぐってひとつのフェイクニュースが流されている。基地に反対しているのは、日当をもらっている活動家だという言説だ。ぼくは何度も沖縄で取材しているからわかるけど、反対の運動をしている人のほとんどは地元の住民たち、もちろん日当などもらっていない。


 それでもネットを中心に「日当をもらっている活動家」というフェイクニュースが出回ると、こう考える人が出てくる。そうか、テレビで見る反対運動をしている人たちは日当をもらってるんだ、住民じゃなかったのかと。僕の周りにもそう思った人がいてショックを受けたことがある。でも、そこまでいかなくても、こう考える人も出てくる。そうか、日当をもらっていると主張する人もいるし、もらっていないという人もいるんだ、と。そうなると、何が事実で何がそうでないのか、わけがわからなくなってしまう。


 みんなの日常でもそれに似たことは起こりうる。誰かがLINEで君が何か悪いことをしたと複数の仲間たちに発信するとする。それがきっかけで、クラスで噂になる。君はそんな奴じゃないから、そんなはずはないと思ってくれる人もいるはずだ。でもそんなはずはないとは思っていても、火のないところには煙はたたないという言葉もあるくらいだから、もしかしたら、と思う人も出てくるだろう。その結果、友だちの心のどこかで君の印象が損なわれるとしたら、そうした情報を流した人間のたくらみは成功したことになる。


 それではフェイクニュースを流す人が仕掛ける罠にかからないようにするにはどうすればいいのだろう。


 何が本当で何が嘘かを瞬時に見分けるのは、至難のわざだ。そういう意味では、敵はなかなか手ごわい。でも大事なのは、どんな根拠に基づいてそう主張しているのか、何が事実なのかを考えることだと思う。いやそれに尽きると言ってもいいかもしれない。「両論併記」を耳にしたときも、立ち止まって考えることを勧めたい。あるという人もいるし、ないという人もいる。そんな発言を聞いたら、すぐに信じないで立ち止まって考えてほしい。もし時間があれば調べてみる。あるいは複数の、できれば多様なメディアの主張にも耳を傾けてみることだ。


 ファクトに基づいているのはどちらか、そもそも並列にしていい性質のものなのか。
そう問いかけることは、必ず君の判断の手助けになるはずだ。フェイクニュース時代を生き抜くために、ぜひそんな習慣をつけてほしいと思う。

 

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