生き抜くための”聞く技術”

第15回
結論だけでなく、話の全体像に耳を傾けよう

大きな出来事に引っ張られてはいけない

 前回は意図して「言ってない」ことに耳を澄ませる大事さを一緒に考えたよね。でもぼくたちは往々にして相手が「言っているのに、それを聞こうとしない」こともある。その危うさを、きょうは考えてみたい。

 ひとつ例をあげよう。最近アメリカのトランプ大統領が、エルサレムをイスラエルの首都に認定すると発表したことは、世界に大きな衝撃を与えた。エルサレムには3つの宗教の聖地がある。キリスト教、ユダヤ教、イスラム教だ。様々な長き歴史の出来事や戦争をへて、ユダヤ人の国家であるイスラエルがこの地を実効支配したのだけれど、国際社会はそれを認めていない。要するにエルサレムをイスラエルの首都だとは認めていないということだ。

 それをトランプ大統領が認めると言ったのだから、大騒ぎになった。3つの宗教の聖地があるのに、なぜユダヤ教のイスラエルにだけ肩入れするのか。特にイスラム教徒たちの反発が世界中でわき起こっている。
 メディアも含めた反応を見ていると、「首都と認める」ことへの衝撃の大きさゆえにだろう、歓迎する側、反発する側ともに感情的な反応ばかりが聞こえてくるけれど、トランプ大統領がそれについてどんなことを言ったのかについては、ほとんど伝わってこない。しかし大統領の言葉に耳をすますと、意外な意図も透けてみえてくる。

 それではエルサレムをイスラエルの首都に認定すると発表したときの演説で、トランプ大統領が言ったことをいくつか見ておこう。
「エルサレムは今日、西側でユダヤ人が祈り、十字架の通った道をキリスト教徒が歩き、アル=アクサー・モスクでムスリム(イスラム教徒)が祈る場所であり、今後もそうあるべきだ」
 つまり、エルサレムをイスラエルの首都と認定したからといって、3つの宗教の聖地となっている現状は今後も変わらない。現状維持にするから、どうぞこれまで通りの運営で、祈り続けてくださいと言っているのだ。

 また歴代のアメリカ大統領が仲介を試みてきた中東和平の考え方についても、現状を変
える気はないようだ。


○これまでの中東和平の基本的な考え方は、イスラエルとパレスチナの2つの国がともに共存する「2国家共存」の枠組みだ。これについてトランプ大統領は「国境の確定は関係する当事者が決める課題」と述べていて、2国家共存を否定していない。


○さらに、トランプ大統領は「エルサレムはイスラエルの首都」とは言ったものの、「イスラエルだけの首都」とは言っていない。中東和平のもう一方の当事者であるパレスチナ側は、エルサレムの東半分、つまり東エルサレムを将来の自分たちの首都とみなしているのだけど、トランプ大統領はその可能性を排除しない表現を使っている。

 さらにトランプ大統領は「エルサレムを首都と認定する」と同時に、その象徴としてアメリカ大使館をエルサレムに移すと言っている。現在はイスラエルのテルアビブという都市に大使館があるのだけれど、これをもし本当にエルサレムに移したら、歴代大統領とはまったく違う領域にまで踏み込んだことになる。
 ところが演説をよく聞くと、こう言っている。
「建築家や技術者、プランナーを雇う準備をただちに始める」
 これは何を意味するのか。
 つまり新しい大使館を建設するということだ。それも一から考えて。実はアメリカはすでに要塞化した立派な総領事館を、エルサレムに持っている。すぐに移したいなら、領事館の看板を「大使館」とするだけでいいはずだ。しかしそうせずに、どうしてわざわざ新しいものを一から考え始めるのだろうか。普通に考えて、もし作るとしても少なくとも3年か、4年はかかると見られている。
 大統領の任期は4年で、トランプ氏はもう1年近くはやっているので、残りは3年。実は自分の任期中に大使館を移せるかは、よくわからないのだ。

 しかもエルサレムをイスラエルの首都にすると宣言したあと、大使館の移転を半年延期する手続きをとっている。アメリカ議会は1995年にエルサレムに首都を移すという法案を可決したものの、大統領がその実施を半年ごとに延期してきた。トランプ大統領はこれを批判してきたにもかかわらず、自分もまた延期したということになる。え、大使館を移すと宣言したのに、どうしてこれまでの大統領と同じように延期したのだろう、と思ってしまう。

冷静に聞くことはなんて難しいんだろう

 こんなふうに彼の言葉をよく聞いてみると、こう見ることはできないだろうか。

 トランプ大統領はエルサレムをイスラエルの首都にすると、国内向け(首都認定を望むアメリカのユダヤ人やキリスト教右派の人々向け)に宣言しただけではないのか。中東和平の考え方や3つの聖地のあり方など大事なところはすべて現状維持、さらに大使館についても反応を見ながら本当に移すかどうかを決めようとしているのではないか。

 もしそうだとしても、それはトランプ大統領の勝手な理屈にすぎない。そんなことよりもアメリカの大統領が「エルサレムをイスラエルの首都とする」と宣言すること自体がものすごく大きなことで、批判されて当然だとも言える。しかし「トランプを批判するときも、まず彼の意図や理屈をしっかり把握したうえで批判すべきだ」とある中東専門家が言っていたが、その通りだとぼくも思う。
 衝撃的な出来事ほど、その大きさに引っ張られてしまい、冷静に聞くことを怠ってしまいがちだということを、ぜひ肝に銘じておいてほしい。
 
 このことは逆のケースにもいえる。すばらしいプランをぶち上げる人が出てくるとする。それがもっともらしく聞こえると、賞賛の嵐になりがちだ。ところがよくよく聞くと、具体性に欠けていたり、根拠とした前提が間違っていたりして、期待外れのことも少なくない。
 いい話も、悪い話も、結論だけ聞かずに、話している相手の言葉の全体像にできるだけ耳を傾けることを忘れないようにしよう。

 先のアメリカ大統領選でフェイクニュースがあれほど広まったのは、中身を読まないまま見出しだけ見て、ツイッターでリツイートしたり、フェイスブックでシェアしたりした人が多かったからだ。見出しだけみれば、確かに楽だ。中身を読んだり、何を言っているのかをちゃんと聞いたりするなんて面倒だという気持ちも、よくわかる。
 でも騙されないためにも、正しく状況を把握するためにも、せめて疑う習慣だけでも身につけてほしい。いい話も、悪い話も、本当にそうだろうかと。そして結論だけでなく、一歩踏み込んで相手の話に耳を澄ませてほしい。

 

この連載をまとめた書籍『本質をつかむ聞く力 ─ニュースの現場から』(ちくまプリマー新書)好評発売中!

関連書籍

松原耕二

反骨 翁長家三代と沖縄のいま

朝日新聞出版

¥1,093

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入