ぼくはこんな音楽を聴いて育った・東京編

第8話 弟子入りだ~
荻窪グッドマンとデレク・ベイリーの「カンパニー」そして『インスピレーション&パワー14』

「自分の行きたい場所ってどこなんだ?」 その答えとは? いよいよ弟子入り!

 そのころオレはコントーションズだけでなく、デレク・ベイリーの動きにも強い興味を持つようになっていた。これもコントーションズ同様、アベくんが家に持ってきた、間章が作っていた雑誌『モルグ』が切っ掛けだった。

 高校生の頃に初めてデレク・ベイリーを聴いたとき以来、謎すぎてよくわからないながらも、何かがあると思ってずっと聴き続けてはいた。それがより強く興味をもってはまるようになったのは、同人誌のような薄っぺらな雑誌『モルグ』に出ていたデレク・ベイリーのインタビューや間章との対談を繰り返し読んだからだった。そこに盛んに出てくる「即興演奏」=「フリーインプロヴィゼーション」と呼ばれるものの存在に強く興味を持つようになり、その「即興演奏」を生み出す過程でデレク・ベイリーが提示した様々な発想がものすごく面白いものに思えたのだ。とりわけ彼が「カンパニー」と呼ぶ、毎回様々な人たちが入れ替わり立ち替わり、様々な組み合わせで何も決めずに即興演奏するコレクティブのようなものに、ものすごく可能性のようなものを感じだしていた。

「なるほど、こんなことをやるためにデレク・ベイリーはあの謎の演奏方法に至ったのか」

 曲をやるのではなく完全な即興。フリージャズではなくフリーインプロヴィゼーション。当時ものすごく極端に思えたその発想に、オレはどんどん魅せられていった。

 

「猫目バンドにしよう」

 ある日、林が突然言い出した。グッドマンでは、コントーションズじゃなくデレク・ベイリーのカンパニーみたいなことをやってみたい。オレのそんなアイディアを受けて林が考えてくれたバンド名だったのだ。前回も書いた通り、僕らは荻窪のグッドマンに月一で出ることになったけど、まだバンド名が決まってなかったのだ。オレはそういうの考えるのがとっても苦手で、どうしていいかわからなかった。そんなときだ、林が突然バンド名を言い出したのは。

「ええ? なんかしょぼくないか。カッコ悪くないか」

「猫の目ってのはな、変幻自在、人にも媚びない。そんな即興がいいだろ。それに、ぱっと見のカッコ悪さなんてこの際どうでもいい。かっこいい名前なんてかえってカッコ悪いもんだ」

 そうなのかなあと思ったけど、こういうときの林が言うことにはいつも妙に説得力があるのだ。

 

 早々グッドマンのマスターに電話をした。

「名前は猫目バンドで、完全即興でいきます」

 なにか言われるかと思ったけど返事はそっけなく

「はい、では@月@日、1時には入ってくださいね」

 今思い出したけど、僕らは新人だったから、出演は夜じゃなくて平日の昼間だった。それでもライブハウスでやれることが嬉しかった。こんな時間に見に来る人なんているわけがないけど、一人でも見に来てくれれば嬉しいし、10枚のノルマチケットを自分たちで持てばいいかくらいに考えていた。ところが当日、蓋を開けてみると立ち見が出るほどの超満員だったのだ。平日の昼間だってのにだ。これには無口なマスターが驚いた。

「君たち何者なの?」

 客席を埋めていたのはジャズ研や軽音楽部の連中だった。全員身内だ。みな冷やかしがてら来てくれたのだ。来てくれたのはとっても嬉しかったけど、でもなんだか身内で固めた感でライブハウスに出てしまったことがとっても恥ずかしかった。

 

 演奏はというと、松藤さんのポエトリーリーディングに僕らが即興でつけたり、それぞれがソロやデュオなどなどいろんな組み合わせで即興したりと、カンパニーの真似事のような構成だった。この時オレは通常のエレクトリックギター以外に、ジャズ研の先輩の福本さんにもらったヤマハのブルージーンズモデルというエレクトリックギターにスプリングをつけたりした改造ギターや、小さなカセットデッキ2台をリングモジュレーターにかませたりして演奏した。こう書くとフレッド・フリスや高柳さんの真似事をしているの丸わかりだなあ。

 今でも一部テープが残っているけど、まあほとんどは箸にも棒にもかからない内容。でも、これもまた、今自分がいろんなところでやっている即興のライブと根っこのアイディアはそんなには変わってないのもまた事実。部分的には結構悪くない演奏もしている。でもまあ、ほとんどの部分はさっぱり面白くないや。せっかく来てくれたみんなも微妙な表情だ。

「なんか、大友、変なことやってるな、さっぱりわからん」

 ってのが、みんなの偽りのない感想。ただでさえ身内で固めてしまったことと、なにより演奏のしょぼさにオレはわかりやす~く落ち込んだ。ジャズ研先輩の尊敬する渡辺さんからは、

「まあ、やりたいことはわかるけど、いかんせん技術が追いついてないんじゃない。たぶん大友がやりたいことは、意外と技術や経験がいることなんだと思うよ」

 確かにそうなのかもしれない。翌月からは部活仲間は来るはずもなく、お客さんは2、3人。毎回僕らの友達が来てくれるだけになった。外に出るつもりだったのに、結局のところ相変わらず軽音楽部やジャズ研の部室に集まっちゃあ、オレはぬくぬくしていた。デレク・ベイリーのカンパニーをやるぞって言ってたのにこんなんでいいのかな。外に出るってどうしたらいいんだろう。そんなことをうじうじ考えながら毎日が過ぎていった。最初の公演で松藤さんはいなくなり、林からも何回かの公演の後、

「なんか違うような気がする」

 と言われ、自分でもこのままでいいとはとても思えず、いよいよ本格的に思いつめたオレの結論は、グッドマンの定期ライブもジャズ研もやめることだった。グッドマンはともかく、大好きな仲間が集まる軽音楽部のジャズ研をやめるってのは、自分の中では大きな決断だった。正直なかなか踏ん切りもつかず、すぐには言い出せなかった。そんな時だ、先輩の渡辺さんから来年度のジャズ研部長就任の打診があったのは。これには本当に困った。どうしよう。オレはジャズ研をやめるチャンスを完全に逃してしまった。

「自分が行きたい場所ってどこなんだ? 自分はなにをやりたかったんだ? ジャズ研はどうする?」

 うじうじが続くこと数週間。そのとき頭に浮かんでは消え、また浮かんでは消えを繰り返したのが、コントーションズでもデレク・ベイリーでもなく、高柳昌行だった。高校3年のあの日、渋谷のジァン・ジァンで見て以来頭から離れる事のなかったあの大爆音だったのだ。以後も高柳さんのライブには何度も足を運び、氏のおっかない文章がどこかの雑誌に出ていれば必ずチェックしていた。そのあまりのおっかなさにずっと近寄り難いと思っていた。ひよわなオレじゃとてもじゃないけど無理だって。でも、一番すごいと思っているところに行かなくてどうする。勇気を持て! いくらおっかないからって取って喰われるわけじゃないし、そこに行ってダメなら、どうせどこに行ったってダメなんだから諦めもつくってもんだなんて考えていた。

 最後にオレの背中を押したのは『インスピレーション&パワー14』というアルバムの高柳昌行の演奏だった。このアルバムは、山下洋輔トリオ、富樫雅彦、佐藤允彦……日本を代表するフリージャズメンたちの素晴らしい演奏が収められている1973年録音の2枚組のコンピレーションライブアルバムで、どの面も素晴らしかったけど、C面2曲目に入っていた高柳昌行ニュー・ディレクション・フォー・ジ・アーツの演奏のあまりの謎っぷりというか、大爆音ノイズっぷりというか、他と全然違うオーラにいつも圧倒されていた。でもこの時に感じたのは、もっと別のものだった。

 今自分がやってる楽器はギターで、しかもそれは電気を通したエレクトリックギターで、大好きなフリージャズでは決してメインになることのない居場所のない楽器だった。ところがコントーションズやTHE POP GROUPでは、この楽器が全体の音色を決定づけている。オレはそこにまずは惹かれたんだと思う。で、自分が音楽をやるならこのギターをフリージャズや即興演奏にとって欠かせない、なにかそれがあることでこの音楽の個性を決定づけるようなものにしたい。そして、それを圧倒的に世界に先駆けてやっているのが高柳さんなのではなかろうか。このアルバムを聴いてそんなことを思うようになっていたのだ。高校3年以来、オレは高柳さんの大爆音にずっと惹かれ続けていたではないか。そんなすごいものが、自分の住んでいる世界のすぐ近くにあるってのは、ものすごいことなのではないか。この人のところで音楽の修業をすればいいんじゃないか。高柳さんを師と仰ぎ、弟子入りすればいいんじゃないか。こう書くとデレク・ベイリーの「カンパニー」の発想とはずいぶん違うんじゃないのと突っ込まれそうだけど、当時はそんなことまで考えが至るわけもなく、『インスピレーション&パワー14』の高柳さんの大爆音をヘッドフォンで繰り返し聴きながら、自分の気持ちをどんどん高揚させていったのだ。

「よし! オレは高柳さんの弟子になる! あちょ~~~~、あちょ~~~! 弟子入りだ~ あちょ! あちょ、あちょおおお~~~」

 とまあ気分はまるでカンフー映画。爆音ヘッドフォンでブルース・リー風のポーズを決めていたら、窓ガラスを叩いている影が見える。あわててヘッドフォンをとって窓をあけると大家さんがすごい形相で立っていた。

「何時だと思ってるんだ!」

 

 翌日、オレはいてもたってもいられず、なんとか高柳さんにコンタクトをとるべく頭を絞った。今回だけは林にも相談しなかった。一人でやらなくちゃダメだと思ったのだ。まずは情報誌。ライブ会場に行って直談判しようと思ったのだ。ところが『シティロード』や『ぴあ』を見ても、どうもしばらく高柳さんのライブはないらしい。あ、当時はですね、この二つの月刊誌を隅々まで見て、毎月どんなライブがあるかをチェックしたんです。どうしよう。思いあぐねた末思いついたのが電話帳だった。当時は驚くべきことに電話帳に有名人の電話番号が普通に出ていたのだ。近くの河北病院のロビーに電話帳がたくさんあったのを思い出してオレは飛んで行った。で、新宿区のタ行を探してみるとあったのだ、高柳さんの名前が。同じ名前は一人しかいない。住所は新宿区若葉町。四谷に住んでいると聞いていたから、たぶん間違いない。えい、ままよ! ロビーにあった公衆電話に10円玉を入れて、いちかばちか電話してみた。

「あの、あの、ギタリストの高柳さんのお電話で、ま、ま、間違いないでしょうか。あの、あの、大友っていいます。大学生です。高柳さんのライブを何度も見に行ってます。以前福島の「パスタン」では一緒に写真を撮ったこともあります。尊敬してます。お願いあって電話しました。弟子にしてください、わたしにギターを教えてください!」

 オレは一気にまくしたてた。声も上ずっていたと思う。なんの面識もない若造からこんな電話がかかってきて、さぞや高柳さんもびっくりしたと思う。

「わたしはね、今は弟子はとってないんだ」

 間違いない、高柳さんの声だ。それだけで嬉しかった。

「でも、プロを目指して真剣にギターを習いたいっていうのなら、ギターの基礎は教えられる。そのかわりレッスンは厳しいよ。来月からミューズ音楽院ってところでプロを目指す人限定でギターの特別教室を週一で持つことになったから、まずはそこに来てみなさい」

 弟子になれなかったのはがっかりだったけど、高柳さん自身による説明会があるっていうんで、まずはその音楽院に行ってみることにした。音楽院といっても代々木の裏路地にあって、当時はまだ正式な認可を受ける前の私塾のような小さな専門学校って感じだった。高柳さんはそこの教室を間借りして、音楽院のカリキュラムとは別の特別授業を週一回やることになっていたのだ。月謝は月2万円。これならなんとか払える。

 説明会には40~50名ほどの青年がギターを持って集まっていた。ほとんどはいかにもミュージシャンを目指してますって感じの外見で、待ち時間にこれ見よがしにギターを弾きまくっている。

「早い」

 当時高柳さんはギタースターの渡辺香津美さんやBOWWOWの山本恭司さんの先生ってことのほうがむしろ有名なくらいで、だから香津美さんや恭司さんを目指す青年たちが集まってきたのだ。待ち時間に勝手にセッションを始めている人もいて、そんな人たちはめちゃくちゃ上手く見えた。来る場所間違ったかな。困った顔をしてはじっこにいたら、ものすごく軽薄そうな長髪パーマにいきなり声をかけられた。

「君は1秒間にどれくらいフレーズが弾ける?」

 言っている意味が全然わからない。

「え? どういう意味?」

 すると長髪パーマは手品のようにものすごい勢いで速弾きを始めたのだ。目指しているものも音楽も、オレとはなんの接点もないけど、でもあまりの速さに腰を抜かしそうになった。そんなときだ。白いジーンズの上下に坊主頭、サングラスで強面の高柳さんが静かに教室に入ってきたのは。小柄だけどがっしりした体型で、実際より大きく見える。

「はい、ギターしまって」

 その一言で教室はシーンとなった。

 それから1時間、高柳さんはあくまでも静かに、一度も笑わずに、淡々と教室の説明を行った。空気が張り詰めるような緊張感。話す内容はストイックかつ厳しいもので、正直ものすごく怖かった。でも学生運動のアジ演説みたいな怖さではなく、ストイックなのにべらんめい調の江戸弁で、それがどこか立川談志を思い出させて粋で魅力的にも聞こえた。そして最後に、

「今から30分、みんなに考える時間を与えるから、本当にやる覚悟のあるやつは教室にのこりなさい。そうじゃないやつは、悪いこといわないから、他の教室に行きなさい」

 高柳さんが出て行くと同時に教室はざわついた。

「なんだか、こういう高圧的なのやだなあ」

 長髪パーマはそんな捨て台詞を残してあっと言う間に教室を去っていった。5分もたたないうちに大部分の若者は消えていた。残ったのはなんだか見た目のパッとしない7人の青年。始まる前には、こんな地味な連中いたかなってくらいミュージシャンを目指しているようにはとても見えない連中ばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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