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第3回 われらは傷を修復する――『進撃の巨人』論(3)

アナキスト/フェミニストの高島鈴が、社会現象級の大ヒット作を正座で熟読。マンガと社会を熱く鋭く読み解く、革命のためのポップカルチャー論をお届けします。
最終回となる第3回は、累計発行部数が世界で1億部を超え、今年完結を迎えた諫山創『進撃の巨人』(2009~21年/講談社)。この歴史に残る作品は、いかに歴史を描いたのでしょうか。

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●ユミルとヒストリア――呪縛と生殖
 結末に向けて、始祖ユミルの物語に触れておかねばならない。
 第1話「二千年後の君へ」に呼応する第122話「二千年前の君から」は、全ての巨人の始祖である少女ユミルの生涯を描く。

「女の子らしくって何?」「そーだね 女の子らしくっていうのは/この子みたいな女の子のことかな」【46】

 122話は、この会話から始まる。物語の中の始祖ユミルは、「いつも他の人を思いやってる優しい子」【47】、「みんなから愛される人」【48】だ。この絵本を広げていたのは、かつての壁の王・フリーダと、幼い日のヒストリア・レイスである。
 ヒストリアはスペイン語で歴史、レイスは英語で人種を意味する。こうも「背負わされた」名前は他にないだろう。ヒストリアは壁の王・レイス家の非嫡出子で、レイス家の指示に従い、「クリスタ・レンズ」という偽名を用いて生きてきた。フリーダの教えに従って「女の子らしさ」に忠実な態度を取り、死に場所を探すように調査兵団に志願した。しかし愛し合った同期の兵士・ユミル――始祖ユミルの名前を背負わされた、壁外からやってきた女性だった――を喪ったことで、その選択を翻す。ヒストリアはクリスタをやめ、「[…]人類なんか嫌いだ!! 巨人に滅ぼされたらいいんだ!!」「[…]私は人類の敵!!」「最低最悪の超悪い子!!」【49】と叫び、壁の王として始祖の巨人を引き継ぐことを拒絶するのである。
 結局ヒストリアは、調査兵団によるクーデター後に女王の役を引き受け、最終的には軍事国家となったパラディ島のトップに君臨することとなる。ヒストリアの辿った道筋は、ヒストリアが生まれた家の思想、つまり壁の王の「平和思想」に徹底して逆らうものだったと言えるだろう。王政が秘匿した歴史を真っ先に「公表しましょう」【50】と進言したのはヒストリアだったし、壁外の諸国に抵抗するため武力を蓄えるのも、壁の王の思想の対極をいく。すなわちヒストリアは、ユミルという「女性」との悲恋を経て「家」「女の子らしさ」の規範に叛逆したのだと読み取れるが、叛逆した先にあったものは軍国主義と全体主義であり、そこにも別の呪縛が存在していたのである。ヒストリアが兵政権によって巨人化させられる状況を避けるべく自身で選んだ手段が「妊娠」であったことも皮肉な展開だ――生殖による人口増は、軍事化を目指すパラディ島が早急に必要とした状況である【51】
 生殖の問題は、始祖ユミルとも深く関係する。「いつも他の人を思いやってる優しい子」、「みんなから愛される人」であったはずの始祖ユミル。だが実際のユミルは、故郷を焼かれ、親を殺され、舌を切り取られた奴隷であった。ユミルの主人・フリッツは、ある日ユミルに豚を逃した罪の責任を問い、森の中で逃げるユミルに矢を射掛けて殺そうとする。ぼろぼろになったユミルが木のうろに逃げ込み、死の苦しみから逃れたいと強く願ったとき、その奥に眠っていた「何か」――一説には「有機生物の起源」【52】――が、ユミルに巨人の力を与えた。
 フリッツはユミルの巨人化能力で敵を殺し、道を作り、帝国を築きあげる。敵がフリッツを殺そうと槍を投げれば、ユミルは身を盾にして王を守った。王はさらにはユミルに3人の子を産ませ、ユミルが死ぬとその血肉を娘たちに食べさせ、巨人の力を引き継がせた。そして子々孫々巨人の力を継承するよう言い置いたのだ。ユミルはフリッツ王の言いつけに従い、全ての「ユミルの民」に繋がる場所=「道」に2000年にわたって縛られ、巨人の力を生み出し続けてきたのである。
「お前は 自由だ」【53】。フリッツはユミルに猟犬をけしかけ、矢を射ながらそう語りかける。結局ユミルの人生において、自由になったことなどひとつもなかった。「思いやり」「優しさ」「みんなから愛される」などの「女の子らしさ」として語られた諸要素は、詰まるところ奴隷的地位を指す。そして主人が支配を維持するための手段として、ユミルの置かれた立場には「生殖」が強く要請されていた。