ちくまプリマー新書

地図は何を表しているのだろうか
『デジタル社会の地図の読み方 作り方』より本文を一部公開

地図を取り巻く環境はデジタル化で激変した――様々なタイプの地図を正しく読み解くだけではなく、情報発信/課題解決のツールとして使いこなすための入門書『デジタル社会の地図の読み方 作り方』(ちくまプリマー新書)より本文を一部公開します。

イメージの裏切り

 図1を見れば、今の日本人なら誰もが日本列島を表す地図だと思うでしょう。しかし、地図の下に書かれているように、これは「日本」ではありません。日本の国土の概形を相似形で紙に描いたイメージにすぎません。「地図」とは、このように地球上のある範囲を縮小して記号表現をした図を指しますが、それは対応する現地を表現する一つの手段なのです。

図1日本列島のイメージ

 この図は、シュルレアリスムの流れをくむベルギーの画家ルネ・マグリットの作品「イメージの裏切り」にならって作ったものです。その作品は、本物そっくりに描かれたパイプの絵の下に「これはパイプではない」という文字を書き込んだものです。絵画の造形的要素と言語記号としてのキャプションが相反することを表すことから、言葉と物に対する私たちの固定観念を揺さぶることをねらった作品だといわれています。つまり、パイプの絵と同じように、「パイプ」という言葉もまた、パイプそのものではありません。

 また、図1では、言葉で表された日本という地名もまた、その国を表す記号表現の一つにすぎません。イギリスではJapan、イタリアではGiappone、韓国では일본、などと表記され、それぞれの国の中では日本の国を指す記号として通用しています。

 地名の中でも国名は外交やビジネスの都合もあって、ある程度標準的な表記がありますが、政治的な理由で変更されたりすることもあります。たとえば、隣接するロシアと武力衝突して以降、政治的に対立していたグルジア(現地語表記はサカルトヴェロ)は、その国名表記がロシア語由来であることから、諸外国に対して英語表記のジョージアと表記するよう要請していました。これに呼応して、日本でも二〇一五年からジョージアという表記を用いています。このように、同じ場所や地域を表す地名表記は一つとは限りません。

正しい地図とは?

 図1の日本の地図は、現代の世界地理の知識を持った人なら、それが日本の国土だと理解するのは難しくないでしょう。では、図2はどうでしょうか。これは一六世紀にヴェネチアのベネディット・ボルドーネが作成した日本地図の輪郭をトレースして加工したものです。当時のヨーロッパで日本の存在は、マルコポーロの『東方見聞録』などで知られていましたが、国の形状についての詳しい情報はありませんでした。日本人自身も、「行基図」と呼ばれる中世に作られたラフな日本地図でしか、その姿を知る手段はなかったため、同じ時代の西洋の地図では行基図に似た姿で日本を描いたものもあります。しかし、それに「これは日本である」というキャプションを付けても、当時はほとんどの人が信じて疑わなかったはずです。

図2 16 世紀の西洋で作成された日本地図に描かれた日本の姿
(ハバード、J. C.『世界の中の日本地図』柏書房をもとに作成)

 地図とはひと目で見渡せない大きな空間を図的に表現したものなので、測量器具やコンピュータなどの道具を使わないと正確なものは作れません。その点は、肉眼で姿を確かめられるパイプとの大きな違いであり、地図の表すものが正しいかどうかを確かめるのは容易ではないのです。

 では、地図の正しさを確かめるにはどうしたらよいでしょうか。その一つは、高い山や建物に昇ったり、空を飛んで地上の姿を見下ろしたりすることです。実際、飛行機の窓から眺めた海岸線が地図のそれとそっくりなことに感激した人も少なくないと思います。ただし、表す空間が広がって大陸や世界規模になると、球面を平面に忠実に再現するのが難しくなります。それには投影法を使う必要がありますが、後で述べるように、使う投影法によって表される地図の形状は違ってきます。どの投影法を使っても、面積、形、距離などすべての性質を正しく再現することはできません。このように、地図の正しさとは描く目的や用途によって異なった意味をもつのです。

地図が表すもの

 地図は写真のように地表のありのままの姿を再現しているわけではありません。前に述べた図1や図2の地図は、日本列島の輪郭だけを描いていますが、地表の何を記号化して表現するかによって、できあがる地図も違ってきます。

 たとえば、図3に示した国土地理院の地形図と空中写真を比べてみてください。これらは国土地理院が提供している地理院地図というウェブ地図から取得した画像で、誰でも日本中の地形図をウェブ上で自由に閲覧することができます。これらの地形図と写真を見比べると、地形図は地表にあるものをすべて表すわけではないことがわかります。たとえば、街路樹や道路を走る自動車などの変化しやすい動植物や動く物体は地形図には描かれません。逆に、空中写真で目にすることができない地名や行政界などが記号化されていることもあります。このように、地図は目的に応じて地表にあるものを取捨選択しながら作成されているのです。

図3 地理院地図で表示した地形図と空中写真

 また、道路幅は空中写真に比べて、地図上ではやや拡大して描かれているのもわかります。写真上の道路幅を忠実に再現すると、地図の縮尺によっては道路を二条線(平行線)で描きにくいためです。つまり、地図には現実を誇張したり省略したりする操作が加わっています。

 また、地図を作成するのには、データ取得から図化するまでに一定の時間を要するため、地図が表す地表の姿は過去のものになります。しかし、地図によっては都市・地域計画で作成される地図のように、未来の姿を描く場合もあります。現在では、グーグルマップなどカーナビの渋滞情報を載せた道路地図や、天気予報の雨雲レーダーのように、ほぼリアルタイムの状態を捉えた地図も登場しています。これが可能になった背景には、プローブカーと呼ばれる交通情報を集める目的で走行している自動車の車載センサーから得た情報や、気象レーダーによる観測データをインターネットで収集し、GISで地図化することで作成時間を短縮できるようになったことがあります。雲の動きを動画として見ることもできる雨雲レーダーは、雲の空間分布だけでなく時間変化も捉えているといえます(図4)。

図4 日本気象協会のtenki.jpで提供される雨雲レーダー

 

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