ちくまプリマー新書

表情は気持ちや感情をそのまま伝えているとは限らない!? 「感情心理学」から考える

『ようこそ、心理学部へ』より本文を一部公開

「認知心理学」「臨床心理学」「感情心理学」「犯罪心理学」「生理心理学」「行動分析学」「食行動の心理学」……ひと口に心の学問というけれど、その世界は深くて広い。講義形式で「心理学」を体験できる入門書『ようこそ、心理学部へ』(ちくまプリマー新書)が発売中! 本文の一部を公開します。

 表情は演技できることから、「完璧な」心の映し鏡というわけではありません。表情は、誇張したり、抑制したりすることができますし、本心とは全く裏腹の表情で自分の感情を覆い隠すこともできます。例えば、遅刻して先生に注意されているときに、先生の後ろで友達が変顔をしてきても、笑いをこらえて神妙な面持ちを崩さないように努力しますよね。これは、どのような心のメカニズムによるものなのでしょうか。

 エクマンたちのグループは、これは表示規則(display rule)によるものだと考えました。表示規則とは、どんな状況でどんな感情を表出するべきかというルールで、日常生活の経験によって学習されるものです(Ekman & Friesen, 1969 ; Ekman & Friesen, 1975)。

 二〇〇四年のアテネ・パラリンピックの柔道競技において、視覚障がいのあるメダリストの表情を分析した研究があります(Matsumoto & Willingham, 2009)。(1)メダル獲得決定の試合直後、(2)メダルをもらう瞬間、(3)授賞台に立っている時、それぞれの状況について、金・銅メダリストと銀メダリストに分けて、笑顔が観察される割合を調べました。結果を解釈する前に、なぜ金(一位)と銅(三位)が一つの群として扱われているのか考えてみましょう。これは柔道がトーナメント方式であることにヒントがあります。金メダルは決勝戦で、銅メダルは三位決定戦で「勝って」獲得するメダルですが、銀メダルは決勝戦で「負けて」獲得するメダルだからです。実際の順位よりも、メダル獲得直後の選手の感情に着目した群分けといえます。

 結果は、金・銅メダリストは、どの状況でも七割以上の選手が笑顔を見せていたのに対し、銀メダリストは、試合直後は笑顔を見せていた選手は全くいなかったにもかかわらず、メダルをもらう瞬間は八五%、授賞台に立っているときは五四%の選手が笑顔を見せていました。さらに、メダルをもらう瞬間は、銀メダリストのほうが金・銅メダリストよりも目元が笑っていない非ドゥシェンヌスマイルを見せたことを報告しています。つまり、銀メダリストは、本当は悔しいけれども、授賞式という公的場面だからこそ、笑顔を見せていたと解釈できます。

 また、この研究の示唆深い点は、視覚障がいのある人において表示規則がみられたということです。表情表出のパターンは完全な視覚的学習経験によるものではないということを示しているといえるでしょう。

 また、表示規則はその文化の習慣や考え方によって異なります。マツモトらのグループは、三二か国を対象とし、集団主義と個人主義に注目し、表出性の規範(感情を表出すべきという信念)との関連をアンケートで調べました(Matsumoto, Yoo & Fontaine, 2008)。その結果、個人主義傾向が高い国ほど、全般的に表出性の規範が高く、とくに喜びや驚きの感情で顕著であることを見出しました。個人主義傾向が高い人ほど外向的であることから、ポジティブな感情や、自分の覚醒状態の高まりを示す驚きの感情を表出すべきだと考えていることが理由の一つとして考えられます。逆に集団主義傾向が高いほど悲しみの表出性の規範が高いこともわかっています。また、日本人は感情を表出しないと思われがちですが、アジア圏の国々の中では表出性の規範は比較的高いことがわかります。このように、表情は、わたしたちの気持ちや感情をそのまま伝えているとは限らず、その人物が置かれた状況や、表出に関する信念に基づいて、誇張されたり抑制されたりしているのです。

参考文献
 Ekman, P., & Friesen, W. V.(1969). The Repertoire of nonverbal behavior: Categories, origins, usage, and coding. Semiotica, 1, 49-98.
 Ekman, P., & Friesen, W. V.(1975). Unmasking the face: A guide to recognizing emotions from facial clues. New Jersey: Prentice Hall Trade.
 Matsumoto, D., & Willingham, B.(2009). Spontaneous facial expressions of emotion of congenitally and noncongenitally blind individuals. Journal of Personality and Social Psychology, 96, 1-10.
 Matsumoto, D., Yoo, S. H., & Fontaine, J.(2008). Mapping expressive differences around the World: The relationship between emotional display rules and individualism versus collectivism. Journal of Cross-Cultural Psychology, 39, 55-74.