ちくま新書

復活する「巨船」のうえで建築の可能性を考えるために

松村淳『建築家の解体』書評

「建築家/ソーシャル・アーキテクト」として活躍する藤村龍至さんが、松村淳さん『建築家の解体』の書評を寄せてくださいました。21世紀の建築家像を考えます。

 松村淳は建築設計の実務経験があり、建築士資格も持つ社会学者である。新著『建築家の解体』はブルデューを用いて曖昧な建築家という職能を構成する建築「界」の構造を分析する。かつて1990年代から2000年代にかけて社会学者の上野千鶴子や宮台真司がしたような、建築家の職能の限界の指摘というよりも、可能性に着目し再構築しようとする当事者的な視点には共感を覚える。

 私や松村が学生だった1990年代終わりから2000年代初めの建築界では他の分野と同じく近代主義や歴史、公共性など「大きな物語」が終焉を迎え、フィールドワークによって生活の細部やインテリアや庭に注目するなど「小さな物語」を扱うことが積極的に評価された時代でもあった。

 なかでも個室の内部に現れる趣味の差異が街に集まる集団の趣味の総体として景観の差異を構成すると指摘し注目された森川嘉一郎の『趣都の誕生』(2003)は、その頃翻訳され話題となっていたブルデューの『資本主義のハビトゥス』(邦訳1993)からの影響が指摘されていた。

 当時の建築界では既に1960年代末の学生運動の季節から25年以上が経過し、権威主義的な旧来の徒弟制度を強化するような非対称で閉鎖的な成績評価システムや研究室制度の在り方はだいぶ解体されていたものの、雑誌メディアはまだ強く、スターシステムはまだまだ強かった。

 あれから25年が経ち、2020年代の建築界は社会学者の指摘を待つまでもなく、SNSでは新規着工数の減少や労働環境の悪化など建築に関する職能の限界を示唆する情報に溢れ、乱立するウェブメディアでは多くの建築家が登場し、大学では成績評価項目を事前に明示したり公開審査を行わなければ学生の意欲を持続できず、設計事務所では労働環境を改善して透明性を謳わなければ人材を確保できないというように、旧来のスターシステムの解体が進行している。

 他方で現代の建築学生は手描き図面からCAD、さらに3次元CADからBIM、場合によってはプログラミングやAIなど、高度な技術を身に付けることも同時に求められ、「建築は必要ない」というメッセージと、「建築をもっと勉強しろ」という矛盾したメッセージが同時に与えられ硬直し、ベイトソンのいう「ダブルバインド(二重拘束)」に陥っている。

 私もまた、建築界における旧来の権威主義やスターシステムに疑問を持つ一方で、上野千鶴子や宮台真司の一方的な建築家不要論にも疑問を持ち、建築家の在り方について当事者意識を持って考えてきた。10年ほど前から「ソーシャル・アーキテクト」なる職能像を掲げ、自らもそう名乗って活動している。特に建築教育に関しては20代から教育の現場に長く携ってきたことから学生の意欲の減退に歯止めをかけるべく市長を出題者に招いたり、評価に住民投票を取り入れたりすることで設計課題を政策課題に重ね、教育と社会の課題を同時に解こうと試みを継続してきた。

 近年の大きな変化は気候変動やジェンダーといった大きな物語が復活し、さらにCOVID-19が大きな転換点となって、個人が各々の問いを立て、それぞれの現場で奮闘するのみでは行き詰まりが生じつつあることだ。建築界も再び近代主義の頃のように槇文彦がいう「巨船」に皆が乗って差異を競う時代に戻ってきたようにも感じられる。そのような時代に建築家という職能が政治的な正しさに回収されずにどのように社会に対して構えられるか、議論を深めたいところである。

 そのような関心から、建築家の職能の歴史的背景を構造的に理解できる本書は広く読まれたいと考える。ただし、ここでも紹介される山崎亮や谷尻誠の活動や言説は、建築界で宣伝されればされるほど、学習意欲を失った学生が現状の評価に向き合わないで良いという免罪符として受け取られてしまうことがあるため、不用意に空洞化が加速するようなことがないように、その読まれ方には注意を喚起したい。

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