母は死ねない

特集対談:「かくあるべき」家族の形に抵抗する(前編)
河合香織『母は死ねない』(筑摩書房)×武田砂鉄『父ではありませんが』(集英社)

様々な境遇の母親たちの声を聴き取ったノンフィクション『母は死ねない』を刊行した河合香織さんと、“ではない”立場から社会を考える意味を問う『父ではありませんが』を刊行した武田砂鉄さん。タイトルだけならば視点の異なる二冊のようにもみえますが、「家族とはこうあるべき」「人間はこう生きるべき」といった他者からの圧力、視線、呪いのような言葉たちから自由になろうという信念によって書き手二人の問題意識は通底します。人生における「べき論」をほぐす真摯な対談、前編です。

 

──河合さんは、発売前から『父ではありませんが 第三者として考える』というこの本のタイトルに惹かれていましたよね。実際に読まれて、どうでしたか?

河合:とても画期的な本だと感銘を受けました。母かそれ以外という属性で考えれば、『母ではありませんが』というタイトルでも成立するんじゃないかと思ったぐらいです。これまでにも「父である」ことで男性が自分の家庭から疎外されてしまう場合があるのではないか、と考えたことはあったのですが、そこからさらに踏み込んでいる。

武田:「母親である」ということ、あるいは「母親ではない」「母親になりたかったけどなれなかった」「母親になりたいとは考えていない」、そういった女性の立場や考えというのは、量はまだ少ないにしても様々なところで語られるようになってきていると感じています。その話を読んで共感したり、自分とは違う考えだなって思ったり、そのバリエーションが増えてきている。でも、子供をめぐる男性からの言葉というのは、あくまでも「父親です」「パパになりました」「子を持つ親として」といった「である」ところからの語りが多い。自分は今40歳なんですが、知り合いと話していると、「父親である」という立場からの語りを頻繁に聞くようになりました。一方で、自分はずっと、父親「ではない」立場です。その時、面と向かって語りにくいなっていう感覚があって……なんで語りにくいんだろう、っていう入り口からただひたすら考えた本なんです。刊行してから二か月ほどたちますが(2023年4月時点)、男性よりも女性から丁寧な感想をもらうことが多いんです。性別というくくりでは「父」とは違う立場になるわけですが、「こういうことを言葉にしてくれてありがとうございます」、と。不思議と、という言葉が正しいのかはわかりませんが、飛び越えて届いているんだなという感覚があります。

河合:「ではない」からの語りは非常に新鮮でした。女性からの方が反響が多いとは意外ですね。

武田:そうですね。「色んな生き方の人がいるよ、いていいでしょ、どうしてそれじゃダメなんだ」を書き続けている本でもあります。そういった言葉を言ったり、言ってもらったりすることがまだまだ欠けている社会だと思っています。河合さんのこれまでのお仕事は、取材を通して、実に多くの立場の方の声を聴き、様々な生き方があるのだということに着目されてきましたよね。

河合:そのように努めてきましたが、「父ではない」ということについて男性がそれほど圧力を感じているのだとはこの本を読むまで気づいていなかったと反省しました。

武田:とはいえ、この本にも書いた通り、自分自身はその圧で潰されるようなことはないんです。それはやっぱりこの社会の仕組みが男性向けに設計されていて、「違和感がある」とかその程度で乗りこなせるものだから、これまで語られてこなかったということなのでしょう。自分は父親ではない。だけれども、男性であるという優位性が同時並行で存在している感じがあります。

河合:二重構造になっているんですね。

武田:『母は死ねない』では、母親たちに対する「かくあるべき」という社会的な要請に河合さんご自身も苦しめられたと書かれていましたし、取材をされた女性たちの中にも、そういった苦しめられ方をされている母親がたくさん出てきました。父親についての「かくあるべき」と母親についての「かくあるべき」では、背負わされるリュックの重さが違うと思うんです。ただ、「父親ではありません」でも、「父親である」でも、なんらかの重石にはなる。そこは単純比較をしてどっちがいい・悪いということじゃなくて、それぞれに背負わされるものがあるっていうことなんだろうと思うんです。

河合:女性、特に母親が背負っているものは実際に多いとは思います。それは社会からの視線によっていつのまにか背負わされているものだったりもします。そうするうちに母親が子供を囲い過ぎ、結果として男性を疎外してしまうような場合もあるのかもしれない。社会からの視線の圧力を考えたとき、女性だけが被害者になるわけではなくて、男性が子育てに深く参加できないというか、主体的になれないようなそもそもの社会の構造があるからこそ、母親と父親の重石がアンバランスになることもあるのかな、と感じました。

 

2023年5月18日更新

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河合 香織(かわい かおり)

河合 香織

1974年生まれ。ノンフィクション作家。2004年、障害者の性と愛の問題を取り上げた『セックスボランティア』が話題を呼ぶ。09年、『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち』で小学館ノンフィクション大賞、19年に『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』で大宅壮一賞および新潮ドキュメント賞をW受賞。ほか著書に『分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議』『帰りたくない 少女沖縄連れ去り事件』(『誘拐逃避行――少女沖縄「連れ去り」事件』改題)、『絶望に効くブックカフェ』がある。

武田 砂鉄(たけだ さてつ)

武田 砂鉄

1982年東京都生まれ。出版社勤務を経て、2014年よりフリーライターに。著書に『紋切型社会』(朝日出版社・第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論』(青弓社)、『コンプレックス文化論』(文藝春秋)、『日本の気配』(晶文社)などがある。

関連書籍

河合 香織

母は死ねない (単行本)

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