アンドロイドと人間が日常的に共存する世界を描き、「人間とはなにか」を鋭く問いかける――アンドロイド研究の第一人者・石黒浩が挑む初の近未来フィクション、いよいよ連載開始!
石黒氏による「僕が小説を書く意味」は→こちら
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奇特な人間もいるもので、聖人や偉人のアンドロイドは意外にも売れた。
アート作品としてなのか、宗教的に利用するのかはそれぞれだろうが、投じた金額をゆうに上回る利益が、私たちにはもたらされた。
そんな折り、気まぐれのきわみのような人間と化していたわが姉が、精子バンクから買った精子を使って子どもをつくった。
研究のためではない。年齢的に、生物として生殖・妊娠できるリミットにさしかかり、「やっぱりほしくなった」そうである。
若いころに凍結していた自分の卵子を使って人工授精をし、娘を産んだ。
しかし――香澄と名付けられたその子は健康な状態で生まれてはこなかった。
いつ亡くなるかも危うく、おそらくは言葉を使って対話できるくらいまでの成長も見込めないのではないか、と姉は告げられた。
もちろんどんな子であれ、我が子である。姉は香澄を溺愛した。私もあたらしい家族を歓迎した。しかし彼女がハンディキャップをもたずに育つことは難しく、香澄がさらに子をつくることはほとんど不可能であることは確実だった。
そしてある日、姉は「私と娘のゲノム情報をなんらかのかたちで利用したロボットやアンドロイドをつくるのを手伝ってほしい」と突然言いはじめたのである。
そして今までの路線はクローズする、と。
唐突に。
はじめは、なぜそうしたいのかの説明もなく。
それがあえてなのか、姉の精神状態の混乱のゆえなのかは、私たちにはわからなかった。
相棒のように、あるいは家族のように思っていたスタッフがまた何人も去り、新たなスタッフの獲得を始めなければならなかった。
対話を続けるなかで、どうも姉は単純に「ありえたかもしれない、すこやかな娘」をロボットで表現したいわけではない、ということが、徐々にわかってきた。
姉は、人間そっくりの知能、自分や自分の娘に酷似した何者かができるかどうかを問題にしていなかった。そういった要素はどこかしら、なにかしら、ほんのわずかでもあればいい、と。
姉が重視したのは「社会的なふるまいをし、高度な知能を持っているように見えること」、そして「死なないこと」だった。
そのふたつを、私たちに求めた。
他者の動機、振る舞い方、協調のしかたを理解すること、自分を理解し、伝えることに関わる能力を持たせたい、と。
姉は、娘の情報をアンドロイドに引き継がせることによって、現実には命の短い娘を、不死の存在にしたかったのだろう。私はそう解釈した。
姉はこれまでの経緯もあったからか、形式上は私をこのプロジェクトのトップということにしていた。だが私は姉が集めてくるプロたちの動きをほとんど傍観するだけだった。
私はすでにある技術をアートに使うことはできたが、そもそもの技術的な部分でのチャレンジでは貢献できることはなかった。それでもプロジェクトを率いるポジションを断らなかったのは、ここで私が断ることは、姉にさらに精神的なダメージを与えてしまうのではないかと気にしたからだ。
そうして、開発は始まった。