遠い地平、低い視点

【第39回】国会は裁判所ではないでしょ

PR誌「ちくま」9月号より橋本治さんの連載を掲載します。

 七月に加計学園問題で、衆参両議院の閉会中審査の予算委員会が開かれた。都議選後の内閣支持率急降下を受けて、「支持率低下を食い止めなくちゃ、上昇させなくちゃ」と総理大臣周辺が思ったのかどうかは知らないが、初めはなんだかんだ言って渋っていた閉会中審査が開かれた。
 しかし実のところ、「総理周辺が支持率の急降下を危ぶんで、国会の閉会中審査を了承した」と言っていい証拠なんかはないのです。閉会中審査の予算委員会で、誰も「総理、なぜ閉会中審査を了承なすったんですか?」と聞いてもいないし、たとえ聞かれたとしても、「私は閉会中審査をやれだのやらないだのと言っていません。国会の求めに応じてここに出席しているだけです」と言ってしまえばそれまでです。「なんだって初めはいやがっていた国会の閉会中審査をやることになったのか?」ということに関する真相は謎のままです。誰か「なんで閉会中審査なんかやることになったんですか?」と総理に聞いてみればいい。きっと面白い答が返って来ると思うんですよね――それが「私は知りません」であるにしろ。
 でも、政治の世界ってのはそういうもんですよね。そこに存在するはずの「はっきりした理由」は見えない。見えないが、「閉会中審査をやるってことになったんだから、“なぜやるか”の理由なんかどうでもいいだろう」ということになってしまう。でも「内閣支持率の回復のためには、閉会中審査を了承せざるをえないでしょう」というのは、ちょっと考えれば誰にも分かるし、「それ以外に答はない」ということも、その話を聞かされた多くの人間は納得してしまう――「ああ、そうなんだろうな」と。
 それが政治の世界で、国会は裁判所じゃないんだから、細かい証拠・証言の積み上げや、その認否なんかは、「どうでもいい」と言ったら言い過ぎだが、なにかを決定する力をそれほど大きく持たない。どうしてかと言えば、そこに「有罪かどうか」を決定する裁判官がいない。国会に呼ばれた参考人は、嘘をついても偽証罪に問われない。ただ「嘘をついた」ということがバレたら後になってややこしいことになるから、疚(やま)しいことを抱えた人間は、明確に曖昧なことを言う。
 これが証人になると、「うっかりしたことを言うと偽証罪に問われますよ」になるが、「偽証罪!」のジャッジを議会がするわけではない。議会は「偽証罪として告発する」をして、裁判所に仕事を引き渡すだけで、そうであっても「偽証罪として告発する論拠はあるのか、ないのか」という議論は必要になる。そして「彼は偽証していた」ということを指摘して、一体どんな解決になるんだろうか?
 たとえば「加計学園問題」というような大きな広がりを持ったケースで、加計学園の理事長と現職の総理大臣が以前から長い友人関係にあって、だからこそ総理は加計学園に対して便宜を図った(のではないか)という疑惑を解明するのが中心命題であるような中で、たかが官僚・大臣程度の人間が「知りません」と嘘をついたということだけが判明しても、「だからなに?」でしかない。
 国会には、「そこでいい加減なことを言うのは、政治家として恥」という原則があるはずだ。偽証罪かどうかをジャッジするのは裁判所だけれども、「なんだかいかがわしい」というジャッジをするのは国民で、恥を知るのが政治家なのだ。だから、内閣支持率は下がる。下がったって、総理自身が「辞める」と言わなければ総理のままでいられるのが今の政治状況なんだから、支持率の低いまんま総理大臣をやってればいいんじゃないかと思う。今の日本人にとって、内閣の支持率が低くて不支持率が高いというのは、「嫌われている」ということで、「嫌われながら総理大臣をやる」というメンタルがどれほど続きますかね。
「閉会中審査をやる」と言えば、それ以前の不都合は全部解消されて「総理の説明」がすんなり通るとお思いかもしれません。確かに日本国民は、なにかが起こると「それ以前のこと」を全部忘れてしまうのかもしれませんが、思い出すことは出来るんですね。
「都議選に自民党が敗れて内閣の支持率が下がったから閉会中審査をやる」と言っても、なんで自民党が敗れて内閣の支持率が下がったんですかね? 共謀罪を新設する法案を無理矢理会期末に通して、共謀罪に関する抗議も加計学園問題も「国会が終わっちゃったんだからもうおしまい」にしちゃったからですね。その前に、森友(もりとも)学園問題という不明朗があったからですね。森友も加計も、どちらも「総理大臣の関与があった」とすると、「なるほど」でモヤモヤはみんななくなっちゃうんですけどね。「証拠があるのか」って言ったって、国会は裁判所ではないんでね、「あ、そうか」で内閣支持率は下がるんですね。

PR誌「ちくま」9月号

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