遠い地平、低い視点

【第43回】人間は機械じゃない、機械は人間じゃない

PR誌「ちくま」1月号より橋本治さんの連載を掲載します。

 北海道の札幌市で、十二歳の中学生の少年が、「人を殺してみたい、人が死ぬところを想像して」というような理由で、通りすがりの女性を後ろから刺して重傷を負わせるという事件があった。折柄、ニュースは相撲界のなんだかよく分からない殴打事件に独占されて、来る日も来る日も相撲取りの顔ばかり映していたが、それがなければもっと衝撃的な事件として取り扱われただろう。なにしろ加害者は十二歳の男の子だ。これが「人を殺してみたい」になるのは、ただ事ではない。
 刺されたのは「若い女性」だから、ここに性的ファクターが存在しているのは間違いないと思うけれど、「後ろから」というところがまたよく分からない。性的関心があるんだったら、顔が見えるように「前から」だろうし、「人を殺してみたい」だったら、「死ぬ時の表情」というものが気になるのではないかと思うが、どうもそうではない(詳しいところはよく分からないが)。もしかしたら本当に「人が死ぬところを想像して」で、だからこそ「顔や表情はどうでもよくて、後ろから」ということになるのかもしれないけれど、私はこの「殺したけれど、殺した相手に対する関心が妙に希薄」というところに引っかかる。
 男女を問わず、若い人間が「人を殺してみたかった」という理由だけで凶行に及んでしまうという例は、ままある。「昔から」ではなくて、「最近になって」だと思うが、そういうことをしてしまう人間の多くが未成年だから、あまり詳しいことが伝えられないまま忘れられてしまうことが多いように思う。
 私は、この若い人間による「人を殺してみたい」を、人間関係の希薄さによるものだと思う。他人との濃厚あるいは密接な関係の持ち方が分からないから、「殺す」という極端な関わり方に走ってしまう。「生きている他人」というものがリアルに実感出来ないから、「本当に生きているのかどうか、”殺す”で試してみよう」になるのではないかと思う。一番手っ取り早い「他人との関係」は性交渉を持つことだが、そういう選択肢の存在が見えないか、あるいは性交渉の段階で自分もまた無防備になってしまうことを警戒する人間は、その代わりに「殺す」に走るのだろう。そのことによって、他人の上に決定的な優位性を得られるし、殺すことによって「他人を所有した」という感覚も持てる。だから、孤独のまま若い人間を放置しておくと、人間との関係の持ちようがないままになって、恐ろしいことになるように思う。
 子供達が人間関係を持てなくなって、人間との関係そのものが分からなくなったら、とんでもないことになると思うのだが、発展したい「経済」の方はそう考えないらしい。「AIを導入すれば、煩わしい人間関係を省略した便利な生活が手に入る(だから我が社の経済活動に利用者として参加して下さい)」と言っているような気がする。「一つの便利を手に入れれば、その分人間はなんらかの能力を失う」と私は思っているから、「これは便利」のアピールに対して懐疑的だ。
「呼べば応えてなんでもやってくれるAI」に慣れてしまえば―そういう育ち方をすれば、「言ってもなにもしてくれない!」という不満を他人に対して持つ人間も出て来るだろう。そのてのわがまま人間は、AI以前にもういくらでもいるが、AIが普及するとその内に、「あのね、人間は機械じゃないからね、ただ命令しても言うことなんか聞いてくれないの」という教育をしなけりゃならなくなるのかもしれない。
「あれ? これどう動くんだろう?」と思って、オモチャや機械を分解してしまう子供は普通にいるが、「人を殺してみたい」というのも、もしかしたらその流れの中にあるのではないか? そう考えると、「他人に対する関心の妙な希薄さ」というのも分かるような気がする。
 神奈川県の座間市で起こった、一人の男が九人の人間を二カ月ほどの間に殺害して、死体をバラバラにして処理してしまった事件の持つ不可解さも、もしかしたらそういう種類のものなのかもしれない。
 なにが不可解かと言えば、それをした容疑者の男が、「なぜそれをしたか」の動機だけは語らずにいることで、動機抜きにその事件のあり方を見ると、不気味な「勤勉さ」が透けて見える。
 二カ月ほどの間に九人を殺害した男は、供述によれば、一週間の間に三人殺害し遺体を処理して一週間休み、また一週間に三人くらい殺してその遺体を処理している。「初めは処理に三日かかったけど、慣れたら一日」とも言っているそうだ。
 うっかりすると、彼が最も情熱を傾けるのは、「てきぱきと遺体を処理する」というその行為のようで、「簡単に分解出来たよ」と言う子供とどこが違うんだ?

PR誌「ちくま」1月号
 
この連載をまとめた『思いつきで世界は進む ――「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと』(ちくま新書)を2019年2月7日に刊行致します。

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