冷やかな頭と熱した舌

第6回 
「文庫X狂想曲」

全国から注目を集める岩手県盛岡市のこだわり書店、さわや書店で数々のベストセラーを店頭から作り出す書店員、松本大介氏が日々の書店業務を通して見えてくる“今”を読み解く!

今夏、出版業界を賑わせた話題の本、「文庫X」とそれを生む「さわや書店」という組織について考察します。
◆さわや書店ホームページ開設されました! http://books-sawaya.co.jp/
◆さわや書店フェザン店ツイッター 
https://twitter.com/SAWAYA_fezan

 

ベストセラーの作り方――さわや書店の場合

 「どうして、さわや書店から次々とヒットが生まれるんですか?」

 そう問われることが増えた。その問いに答えようとするとき、なぜだかわからないが頭に思い浮かぶイメージがある。それは熱血教師と不良生徒のやり取りの場面だ。

 生徒「俺は大人たちの言うとおりになんかならない」
 教師「世の中はお前が思うほど甘くはないぞ」
 生徒「甘くないって!? じゃあスイーツ業界にでも就職してやるよ」
 教師「ふざけるな!」
 (殴る音)
 生徒「痛ってぇ……俺……俺、目が覚めたよ」
 教師「ふざけるな!」
 (殴る音)
 生徒「痛ってぇぇ! マジかよ!? なんなんだよっ!!」
 教師「そんな簡単に自分の意志を曲げるんじゃない。ふざけているのか?」
 (以下略)

 僕は頭のなかの彼らをやり過ごし、一拍おいてニヤニヤしながら「偶然ですよ」と答えるのが常だ。
 上記のような不毛なやり取りが繰り広げられることはまずないだろうが、世にはびこる理不尽は様々に形を変えて存在する。この場合、簡単に変節する生徒もどうかと思うのだが、教師の価値の押しつけにも「ふざけるな」と感じることだろう。一体どちらに理があるのか、本稿をお読みいただく前に考えていただきたい。さわや書店流の解釈はもう少し先で述べようと思う。

「文庫X」というゲームをご存じですか?

 今夏、文庫Xが世を騒がせた。いや、現在進行形で世を騒がせ続けている。ご存じない方のために説明すると、星の数ほど出版されている文庫の中から、たった1冊を推理して当てようというゲームである。基本マンツーマンで行うのだが、書店員であるプレイヤーは任意の書店店内において選んだ文庫本1冊を、誰にも知られないようにデッキにセットする。互いに選んだことを確認して先攻、後攻を決めたら既定のQ&Aへと移る。

 「フィクション?orノンフィクション?」

 この質問によって対象は約半数に絞られることになるのだが、偶然にもここで相手に当てられてしまうと、書店員資格を永久に剥奪されてしまうので緊張感を伴う。しかし文庫X史上、ここで当てられたプレイヤーはまだ存在しないから、安心して欲しい。もしここで当てたら「Xマン」という最高の名誉とされる称号が手に入る。
 次にISBNという13桁の数字を開示するという手順を踏むのだが、この数字はマイナンバーのように1冊ごとに割り振られているものだ。しかし駆け出しの書店員はここで注意が必要となる。ISBNとは「International Standard Book Number」の略で、頭の「978」は国際標準コードであるから、この頭の数字自体がISBNの数字であるという存在証明みたいなもので、続く「4」は国番号を表す。だから雑誌を除く日本の流通している書籍には全て「9784」がついている。そして最後の1桁はチェックディジットという検査数字なので、意味をなさない。「13引く5」だから実質8桁で予測するのだが、熟練のプレイヤーはこの8桁が、さらに出版者記号と書名記号に分割されることを知っている。手練れともなると文庫版元の出版者記号はすべて記憶しているから、書名記号で推理してくる。ここで当てるとかなりすごい。称号は「エイトマン」。そのあとページ数(称号「ジミー」)、発行年(称号「ハウオールド」)、本体価格(称号「ハウマッチ」)などの質問が続く。厄介なのは選択できる、次とその次の質問だ。

 「パブリッシャー(出版社)orライター(著者)?」
 「ファーストセンテンス(最初の一文)orラストセンテンス(最後の一文)?」

 これらの選択によって推理はかなり絞り込めるため、ここで勝負の8割は決まるといっても過言ではない。先に述べた手練れはISBNによって出版社を特定しているから、「ライター?」を選びアドバンテージを得る。この後は「書名は何文字であるか?」「書名の最初の一文字は?」と続いていくんだろう、きっと。

 最後、投げやりになりました、と。ええ、噓です。ふざけています。文庫Xって、そもそもゲームじゃありませんし。え、なんでそんな噓を長々と書いたのかって? 一応、文庫Xの認知度を知りたいと思いましてね。で、どうでした? これ元ネタは「X文庫」っていうゲームのルールを拝借したものなんですけどね……なーんて、これも噓でした。そんなゲームあるわけないじゃないですか。騙されました? いえいえ、もちろんこの噓が意図するところは、それだけじゃないですよ。

「文庫X」を仕掛けた男

 文庫Xについて(ちゃんと)説明する。文庫Xとは、正体不明の文庫として、さわや書店が書名を伏せて販売し始めた文庫のことだ。
 「フィクション?orノンフィクション?」
 答えは「ノンフィクション」。そして、もうひとつだけ明かされているヒントは810円という値段だけ。なんて不親切な。「誰が? 一体、何の目的で?」というその疑問、もっともです。お教えしましょう。その不親切な男の名は長江貴士。当さわや書店フェザン店で文庫担当をしております。業界で知らぬ者のいない美男子で、高身長、高学歴、高い山がある県出身の「三高」。昨秋、放浪の果てに岩手県へとたどり着き、長江、長っ尻、長患いの「三長」ブームで岩手を席巻しています。7月のある朝、彼が勢い込んで僕のところにやって来て言いました。

 「松本さん、『○○○○○○○○○』って読んだことあります?」(○には書名が入ります)
 「ああ、あるよ。単行本が出たときに読んですごい本だと思った」
 「やっぱりそうですよね!」
 「何とか売りたいと思って、あの手この手で頑張ったけど40冊ぐらいの売れだったな」
 「これ普通にやったら売れないと思うんで、表紙を隠して売ろうと思うんですよ」
 「『ほんのまくら』みたいに?」
 「いや。表紙を隠すかわりに僕の思いのすべてを表紙に書こうと思います」

「文庫X」のさわや書店フェザン店での展開

 「ほんのまくら」とは、数年前に紀伊國屋書店さんが企画した特筆すべき売り方だ。その本の最初の一文のみを印字したオリジナルカバーを作成し、一冊、一冊、表紙を隠すようにそのカバーを掛けるという手間を惜しまない販売方法で、大きく売り上げを伸ばした。
 当時、話題をさらったその販売方法を応用できないかと、長江くんは長年考えていたらしい。それに近い試みと言えるかどうか分からないが、当書店の田口幹人店長が試みた販売方法として次のようなものもあった。内容がすこぶる評判だった小説、『手のひらの父』(大沼紀子 ポプラ社)。文庫化の際に変えてしまったその本の表紙のイラストが、作品のイメージと異なっていると判断し、単行本当時のものへと戻すべく、絵の上手いスタッフにカバーを手書きで作成してもらい販売したのだ。ただし、この試みは量産が効かなかったことから、一番上の在庫1冊のみをシュリンクして見本とするのが精一杯だった。したがって、実売にはあまり結びつかなかったが、今回の文庫Xの血肉にはなっている。

この夏、期待をかけた「ホラー文庫フェア」の結果

 たくさんのクローズアップされる成功体験の裏には、そういったより多くの挑戦の積み重ねがある。実は今夏も文庫Xより力を入れて販売戦略を練り、期待をかけてフェア台に投入したのが「ホラー文庫フェア」だった。

「ホラー文庫」展開の様子。平台の上に見える黄色の六角柱が選べない方用の改良したおみくじセット。

  大和書房さんの協力を取り付けて、おどろおどろしい表紙の共通のカバーを作成してもらい(その数58点)、付録として全部に「差倭耶神社」のお札型しおりをつけ、本のタイトルが見えないようにビニールで包装。さらには「もっと神社感が必要ではないか」という無用の焦りを抱いて、楽天で六角柱の頭の部分に穴が開いた「おみくじセット」を2160円で購入。どれを買っていいかわからない人のために、先端部にある「大吉」などの部分を紙でくるみ、「1~58」の数字をつけて改良したうえで、「選べない方へ」と書いた紙を貼り付けて売り場に置いた。これは結果的に、一見するとすべて同じ本に見えてしまうという問題点を解決するのに一役買うこととなった。僕の「数字じゃなくて、全部大凶にしよう!」という提案は当然のように黙殺されたが、これらの企画、実行はすべて長江くんが仕切った。
 結果、初回の仕入れに対する実売率は75パーセント。通常のフェアなら大成功の部類に入る売り上げを記録したのだが、文庫Xの予想を超える売れ行きにすっかり影がうすくなった。幽霊にふさわしいポジションを自ら選び取るかのように。

ホラーの次は古典――「古典噓八百フェア」とは

 また現在進行中の企画として「古典噓八百」というものがある。これも夏の文庫フェアの跡地をどうするかという雑談の中から、長江くんが発案したものだ。古典作品を読むことは結構ハードルが高いのではないかという仮説のもとに、親しみを持ってもらおうと古典の題名や著者から得た連想や架空の内容紹介を、読んだことがなくてもツイッターに投稿するというもの。内容を全く度外視する面白さと、実際はどんな話なのかという興味から手が伸びないだろうかとの思惑を含む。
 集まったなかで一番面白く、わかりやすい例を挙げるならシェイクスピアの『リヤ王』だろう。応募作品には一行だけ「リヤカー売るなら『リヤ王』」と書いてあった。爆笑である。もうひとつ挙げるなら、エドガー・アラン・ポーの『黒猫』。ある住人の「やだ、また来てる」から始まる紹介文もすごいセンスなのだが、このオチはぜひ店頭でお確かめいただきたい。これらの応募作が世に出るだけで、僕はこの企画の成功を確信している。集めた「作品」は版元である光文社さんの協力のもと小冊子を作って、フェアが開催される10月上旬頃に店頭で配布予定。
 アイディアマンの長江くんが、さわや書店に入ってくれて本当によかった。いままでは、一人で(ふざけ担当として)アイディアを出して、なかなか実行しないということを繰り返していたから、業界経験があり、遠慮することなくアイディアを出して、それを形にしてゆく、長江くんのような人はとても貴重な戦力だ。
 しかし、そんな長江くんも、さわや書店に入って驚いたことがあるという。入社して半年くらいの飲み会の時に言っていたが、タブーの少なさに驚いたという。

「さわや書店」の思考法

 冒頭の教師と生徒のやり取り、どちらに理があるか考えていただけただろうか。さわや流の解釈を述べると、教師の融通の利かなさも、制約からはみ出そうとする生徒も、取りあえずその存在やスタンスを疑うところから始める。
 まず、生徒の立場ならば「大人たちの言うとおりなんかならない」云々のバカな決意表明は、思っていても口にしない。だから、このやり取り自体が存在しない。その前に無言で行動を起こすか、教師に服従する態度を示しつつ知られないように権利の拡充を目指す。
 反対に先生の立場ならば、生徒の第一声を受けて「正直に話してくれてありがとう」という言葉に続けて、「まっすぐに生きろ」と言い残してその場を去る。言葉どおり受け取ってくれたら、もうけものだ。殴る音だって生徒を殴ったとは書いていないし、痛いと主張する生徒も甘いものを食べすぎたために虫歯が痛み出したという可能性だってある。目指せ、スイーツ王。
 このように中身を疑う前に、前提である枠そのものを疑うのがさわや流のアプローチだ。実行における制約を設けないことは、実際に「考える」作業における広がりと、副作用として若干の虚言癖をもたらす。だからさわや書店には節度をわきまえれば「やっちゃダメなこと」がほとんどない。冒頭の先生と生徒のやり取りのような「ふざけた」発想から始まるエッセイや「文庫Xはゲームである」という噓も、何でもありだ。「どちらに理があるか」という二択に捉われているようでは、さわや書店では働けないだろう。真面目に考えていただいた方、申し訳ありません。

「さわや書店」の書店員育成システム

 そんな面白いと思ったらなんでもやってよしという雰囲気に、最初は圧倒されたと長江くんは話す。かつて他店に勤務していた時、抑圧に対して抵抗するように独自の売り方をする長江くんを見ていて、面白い奴だと思っていた。もしうちの店で働いたら、数年後には面白い存在になるのではないかと夢想していた。縁あって入社が現実のものとなり、世間の話題をさらうようなヒットを飛ばしてくれた。予想を超える成長の早さには、なんて常識はずれな奴だと驚いている。
 これからたくさんの失敗も経験するだろうけど、余りある大きな果実を手にすることを確信している。長江くんはじめ、下の子らに自由にのびのびとやってもらう雰囲気は、僕たちが若いときに上の人、赤澤桂一郎社長や伊藤清彦店長に与えてもらったものである。
 一方で、本の並べ方は教えてもらったが、売り方は教わっていない。道標は示されたが、どうやって辿り着くかは教えられなかった。上の立場に立ってみて、そのことと過ごしてきた日々をありがたく思う。
 「ふざけるな!」に込められた、制約や価値の押しつけが世の中を面白くなくしていると思うから、僕たちは今日も精一杯ふざけながら本を売る。大丈夫。殴られるときがきたら、田口店長が責任をもって殴られる。

「文庫X」の正体、そして本当の意味

 文庫Xの8月の売り上げは720冊。各社の夏の文庫フェアを上回る売れ行きだった。最初に手を挙げてくださった静岡(長江くんの出身地!)の谷島屋さん、戸田書店さん、紀伊國屋書店グランフロント大阪店さんはじめ、文庫Xの波及に力をお貸しくださったたくさんの皆様方、ありがとうございました。(「文庫X」公式取扱い店舗一覧は→こちら)
 そして最後に重大発表。
 文庫Xの正体を明かす「文庫開き」のイベントを、今年の12月9日(「さわベス(※)2017」発表時)に開催することを、ここに宣言することで御礼に代えさせていただきます。
 「えっ! マジで?」「どうせまた噓でしょ?」「ふざけんな」という声が聞こえてきそうですが、これだけはマジです……と結ぼうと思っていたら、某巨大掲示板で「文庫X」の正体を明かされてしまったらしい。残念だけど、明かされてみての感想もまたさわや流。
 「よくここまでもったよねぇ(笑)」

 売る手法ばかりに話題が集まった「文庫X」であるが、本当の想いは先のところにある。そのわれら共通の想いとは「ノンフィクションの復権」だ。ノンフィクション作品が売れなくなって、それを生業としているノンフィクション作家は食えなくなっている。彼ら作家が職業として成り立たなければ、私たちが本来なら彼らの仕事によって知り得たはずの情報、いわゆる「知る権利」が狭まることにつながる。今回の「文庫X」をお読みいただいた方々であれば、その状況がいかに危険で、私たちに不利益をもたらすかを理解していただけるだろう。だから、もし「文庫開き」が開催されないとしても、一つの区切りとして「解禁日」を設け、その時は白日のもとにさらされた文庫Xの内容を大いに語り合いたいと思っている。


(※)「さわベス」とは、毎年12月に前年12月~当年11月に出版された書籍を「単行本」と「文庫」に分け、ノンジャンルのベスト10を決めるさわや書店の恒例行事。宴席で決められるために大抵は酒が強く、声のでかい参加者の意見が通る。
これまでの「さわベス」結果一覧は→
http://books-sawaya.co.jp/sawabes/

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