冷やかな頭と熱した舌

第7回 
さわや書店流〈間〉の詰め方と〈間〉のとり方

全国から注目を集める岩手県盛岡市のこだわり書店、さわや書店で数々のベストセラーを店頭から作り出す書店員、松本大介氏が日々の書店業務を通して見えてくる“今”を読み解く!

◆さわや書店ホームページ開設されました! http://books-sawaya.co.jp/
◆さわや書店フェザン店ツイッター 
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「さわや書店の〈働き方〉が知りたい」

 東京に打ち合わせに出向いた時のこと。
 さわや書店の働き方について知りたいと、平野啓一郎似の編集者から言われた。

 ネタが尽きたと弱音を吐いた直後。本当にそんなことに興味がある人がいるのかと耳を疑う。「カレーの作り方」を説くぐらい周知のことで面白みがないと思ったが、打ち合わせの最中にふと事実を羅列するだけでいいのではないか、との打算が働いた。夏の疲れも体に表れる頃だったので、渋々の体(てい)を崩さないようポジショントークを貫いたが、内心では快哉を叫んでいた。そのことに彼は、きっと気づいてないに違いない。しめしめ。
 打ち合わせを終え、手を振り別れた後、ホテルまでの短い距離を「カレー、カレー」と口にしながら帰路につく。交差点で信号待ちをしながら、そういえばと大学で履修した「憲法」の論文試験に思い至る。100名はゆうに座れる大教室で行われる人数の多い講義だった。試験が近くなると、「おいしいカレーの作り方」を書いて答案用紙の余白を埋めれば単位が取れるという噂が流布されたが、あれは事実だったのだろうか。そんなことを考えながら横断歩道を歩いていて、「いや、待てよ」と暗がりでひとりごちた。
 「カレーの作り方」と「おいしいカレーの作り方」の間には、大きな隔たりがある。そのことに遅まきながら気づいたのだ。振り返ると、信号は黄色から赤色に変わるところだった。うーん、なかなかやるな啓一郎似。

 本物の平野啓一郎さんの小説『マチネの終わりに』(毎日新聞出版)は、人生のソワレ(夜の公演)にはまだ遠いが、マチネ(昼の公演)も終わりに差し掛かった男女、つまり青年でも中年でもない、その間の壮年期の恋をビターに描いた傑作である。「空と君とのあいだ」には冷たい雨が降るというし、僕もがんばって二つの「カレー」の間に違いを意味づけできればいいなと思う。

さわや書店に伝わる〈秘伝のレシピ〉

 さて調理開始。
 さわや書店の働き方にレシピは存在しない。もちろんである。この連載の最初の回(「社会にでるうえで、とても後ろ向きな出発点」)で、僕がさわや書店に入社したときのことを外側から書いた。入社後、内側から僕より後にさわや書店に入社した人を何人か見てきたが、みんないつの間にかウチにいたという印象が強い。たぶん僕が入社して以降、大々的に社員の応募をしたことはないと思う。アルバイトとして、さわや書店に働く前途ある若者を「本が好きなら、社割で安く本が買えるよ」と、悪の道に引き込んでいたのだろう。きっとそんな感じだ。

さわや書店フェザン店店頭の様子

  なかなかいないと思うが、どうしてもさわや書店に入りたいという人のために書いておくと、現状での入社のチャンスは欠員補充しかない。プロ野球チームに譬えるなら、引退選手か戦力外通告がいなければ戦力補充はされない。さわや書店は昨年、FA移籍で「左の大砲」である長江くんを取ったばかりだ。そう、「文庫X」の彼(第6回「文庫X狂想曲」参照)。だから欠員補充はしばらくないのではないだろうか。
 もうひとつ、業務の拡張による増員という可能性もあるにはあるが、今のところ予定はない。そういえば昔、『斧』(ドナルド・E・ウェストレイク著 木村二郎訳 文春文庫)という作品があった。リストラされた主人公が、再就職のために自分のライバルになりそうな同業者を偽の求人で呼び寄せ、斧を手に次々と殺害してゆくという話だった。本作の主人公の職業は製紙業だったと記憶しているが、同じく潰しのきかないこの業界……危ないから、やめましょうね。

新入社員の最大の試練

 入団、もとい入社した選手には、社員教育が施される。お買い上げの本に自社のカバーを付けることが最初にして最大の試練であろう。あとは付け足しみたいなものだが、思いつく限りで細かいところを書く。5冊以上平積みする本は、5冊ごとに天地をさかさまにして置く。これは単純に高く積んだときに安定を保つためと、在庫を一目で把握するためにやっている。他には本の整え方を教えるくらいで、新人に対してはみんな背中で語りたがる。

担当者が納得した本たちがたっぷりと並ぶ店頭

  守備位置、もとい担当を持つ時期はまちまちだ。うちの店ではアルバイトのスタッフは担当を持たない。棚には必ず社員の担当がついて、仕入れ、品出し、フェア展開、返品などの判断権限をすべて与えている。力量と適性をなるべく早く判断してポジションを割り振る。僕の場合は入社後4か月目くらいに新書の担当になった。休みの日でも品出しに来たぐらい嬉しかったが、いまは担当が休みの時は出勤している社員でフォローし合う。だから自分の棚以外にも常に注意を払う必要がある。他ジャンルの売れ筋も頭に入れておかなくてはならない。問い合わせを受けた際も、担当者の性格をよんで、置き場所を推測しつつ探しに行く。必然的に社員間のコミュニケーションは必須だ。
 仕入れの仕方については、2週間で売り切れる量をという目安があるのだが、誰も守っていない。売りたい、売れるという思い入れのある本は大量に注文する。その際、出版社には無理なお願いをすることもあるので、信頼関係を築くために出版社の営業担当者との懇親を兼ねた夜の飲み会に備える。肝臓への負担は売りたい本に比例して増していく。

近隣の書店との関係

 他球団、もとい他書店との関係について触れておくと、岩手県や近隣県の書店の現場の人々との関係は良好だと思う。というのも、実は近隣の書店には「元さわや書店」の経歴をもつ方々が結構多い。県内のM書店において、コミック返品率を驚異の7パーセントに抑えているTさんや、さわや書店本店の近くにあるJ堂の副店長ともう一人、盛岡T屋の副店長Yさんもそうだし、八戸のI書院のA店長など、近隣の書店の現場のそこかしこにさわや書店の血脈が枝分かれしている。だが、種の保存の法則を叩き込まれているわけではない。今年セ・リーグを制した広島カープのように、年棒の低さが災いして他球団へと自然と移籍してゆくのだ。オファーなく残留している我々……同情するなら金をくれ。これから先、黒田博樹のように男気を見せる人がいるかどうか、ひそかに注目している。

さわや書店が信頼する〈出版社〉

 店頭のフェアは、雑談のなかで生まれることが多い。面白い書籍が入ってきて、そういえば昔こんな本も出ていたよね的な流れから「じゃあ、やっちゃう?」ってな感じでノリで決まったりする。もちろん出版社に提案いただいたフェアにも取り組むが、その時は営業担当者の「どれだけさわや書店フェザン店を本気で使おうとしているか」という野心を見ていたりする。大局観なく直近のノルマ達成のためだけにゴリ押しの提案をしたり、アフターフォローのなかったりする担当者は心のなかで見切る。数年前に雑誌を担当していた時、笠倉出版の担当の方に不誠実な対応をされて、3日ぐらいでサクラムックのフェアを返した。出荷日を間違えられた挙句、お願いした冊数以上の商品を送って来たのだ。一旦は売り場に並べたものの、事の真偽を確かめるためにかけた電話で関係がこじれて速やかに返品したのだった。「出版社」ではなく「この人」と組めるかというところを一番大事にしている。いわゆる助っ人外国人みたいな位置づけなので、チームになじむことが最優先である。

出張のときに、のぞいている書店

 接客について。接客については「お客様」より「お客さん」が、さわや書店フェザン店が意識しているモットーだ。まちの本屋において「お客様」だと、互いの距離が遠すぎると思っている。心に垣根を作らないよう普段遣いの本屋さんでありたいと、一歩距離を詰めて「お客さん」という親しみを込めた呼び方をしている。親戚の叔父さん、叔母さんと話をするイメージだ。やはりファンとの距離は近いほうがいい。
 また、日々変わり映えなくマンネリで仕事をしていると、モチベーションの低下とともに棚の鮮度も落ちてくる。そこで、さわや書店フェザン店では機会があれば勉強のため、他の書店をみて回ることを課している。敵地に遠征に行くのだ。周辺の書店はしょっちゅう訪れるので、もはや刺激が少ない。だから出張で年に2~3回、都内に行く機会を得た時なんかは、前後どちらかに休日を取って予定を組んで目当ての書店をのぞく。僕が必ずのぞくのは紀伊國屋書店新宿本店さん。いつ行っても本が居住まいを正しているようで、こちらの背筋も伸びる。そして、直近で訪れたのは荻窪のTitleさん。

荻窪のTitleさんの超美技

 他店に行った時にどこを見るのかだが、これについては個々人で違うだろう。駅ビル内という立地から回転率重視となり、自店ではあまりこだわれない棚の選書に僕はどうしても目がいく。棚に作った人の意志が感じられるかどうかが、僕なりのいい店かどうかの判断基準だ。もう一つ付け加えるなら、売る本と売りたい本の比率。本屋は商売であるので、自己満足でやっているものではない。だから、いい店かつ売れる店は案外多くないと思う。
 荻窪のTitleさんは超美技、いわゆるカレーなるファインプレーというやつだった。入った瞬間から自分が前のめりになっていることを自覚し、それもすぐ忘れた。洗練された選書と抑えのきいたセンスのよい店内の音楽に、予定時間をオーバーしながら隅々まで意志ある棚を堪能した。同じ店で働き続けているとどうしても煮詰まるので、2か月に一度くらいの頻度でこうした刺激を受けたいのだが、現実問題なかなか難しい。だから貴重な機会と目を皿にする。

さわや書店、そのお味は?――自店を改めて眺めると

 他の書店をみて盛岡に帰ってきて自店をみると、やっぱり少し変わっているかなと感じたりする。案外その違いを認識できなくなることが怖い。舌がバカになるというやつだ。編集者リクエストの「働き方」については、あまり具体的な「おいしさ」を表せなかったようだ。しかし、無関係に思えるカレーと野球には意外な共通点があることにお気づきだろうか。それはどちらもオリジナルから独自の進化を遂げたことで、皆に愛されていることだ。

 一度機会があれば私たちが作ったカレー、もとい店を見に来てほしい。アクを取り忘れたかのようなクセのある味。君が笑ってくれるなら僕はアクにでもなる。by中島みゆき。

担当者の熱のこもった手書きの看板やポップが目を引く店内

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