冷やかな頭と熱した舌

第15回 
人生を変えた一冊

全国から注目を集める岩手県盛岡市のこだわり書店、さわや書店で数々のベストセラーを店頭から作り出す書店員、松本大介氏が日々の書店業務を通して見えてくる“今”を読み解く!

今回は松本さんにとって人生を変えた一冊について書いてもらいました!
 

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最初の出会い

 本の、物語の、魅力を知ったのはいつの頃からだろう。
 僕の原初記憶は、絵本を片手にこぶし大の〈石〉を少し離れたところから凝視している映像から始まる。おそらく5歳くらいだと思う。前日、うちの庭に迷い込んだ犬がフンをした。それは記憶にある限りソフトボールくらいの、とても大きなものだった。僕と散歩をしようと庭先へと出てそのブツに遭遇した若かりし頃の母は、一瞬の動揺を見せた後、僕をその場に残して無言で家のなかへと入り、後を追おうとした僕が何歩も行かないうちに風のように戻って来た。手には白い粉の入った袋を持って、駅伝のタスキを次走者に渡すかのように、前のめりになりつつその中身をすべて目標へとぶちまけたのだった。目標とはもちろん僕ではなく犬のフンである。

『みんなうんち』五味太郎 福音館書店刊

  翌日、たまたま『みんなうんち』(五味太郎 福音館書店)という絵本をながめていた僕は、昨日の犬の“うんち”のことを思い出し絵本を片手に庭へと出た。するとどうだろう。昨日たしかに存在した場所から犬のうんちは消え去り、かわりにこぶし大の”石”が置かれていたのだった。世の中の仕組みもあやふやで、現実と想像の境目すらあいまいな子ども時代のことである。くわえて、うんちに対して今よりも好意的な年齢でもあった。そのブツをつぶさに観察すると、輪郭が昨日のうんちの形に瓜二つに感じられた。いや、どっしり胡坐をかいたような佇まいも、少し愁いを帯びた面差しも、まさしく昨日のうんちそのものではないか。見れば見るほどその確信は深まり、「フン+白い粉=うんち石」という図式が僕の頭のなかで成立した。だって、そんな不思議な事例は絵本のそこかしこに描かれていた。
 いや。昔話ならここで、その奇跡の石が端緒となり、何だったらその石を崇め奉って、村の宝として子々孫々まで大事にするところだろう。村の宝=犬糞石を守る家はいつしか「犬神家」と呼ばれて代々栄えたが、一族は佐兵衛の死をきっかけに泥沼の相続争いを展開。そして、湖面に逆さまに足が突き出た状態で発見される……。うん、どこかで読んだことがある。横道制止。

 なにせ昨日まで犬のフンだった「うんち石」である。幼いながらも真実を見極めようと僕は彼(?)との時間を共有した。しかし、幾ばくかの静寂が流れ、微妙な距離感を保ったまま互いの領域に踏み込めなかった僕らは、そのまま別れることを選択し、存在を意識しながらも遠巻きに眺めるだけの関係に落ち着いた。臭い仲を解消した僕らの時は流れ、うんちを石に変える魔法の粉があるから、突然の腹痛に苛まれても「大」を漏らしても大丈夫という心の支えを得て、僕は伸び伸びと幼少時代を過ごしたのだった。

小・中・高の読書体験

 つまり何を言いたかったかというと、大人になったいまでは体験できないような人智を超えた邂逅の時にも、僕の傍らには〈本〉があったということを伝えたかったのだ。
 なぜ常に本があったのかというと、幼少期から小学校卒業までの期間、誕生日のプレゼントは例外なくすべて本だったからだ。白い粉の使い手である母親は学生時代に理系であったという。そして特に国語が苦手だった。母はそのことをコンプレックスに思っていて、3歳上の姉と僕に対して本を読むことを奨励した。のちに僕は、食塩の濃度を求める問題でつまずいて数学に苦手意識を持つことになるのだが、「白い粉は固形物にかけるもので水に溶かすものではない」という先入観が影響していたのではないかと、いま振り返ってみて思う。無限の選択肢にあふれた人生も、きっとこうして何かしらの偶発的な体験を積み重ねることで、狭まってゆくのだろう。

『おんぼろクッペ』 財団法人児童憲章愛の会

  小学校に入学すると、僕の読書熱はいよいよ高まったかというとそうでもなかった。親の転勤により、田んぼのど真ん中に位置する仙台市内の小学校に通うことになり、本とは無縁の生活を送る。その当時、本はまだ与えられるものだった。なぜなら近くに本屋が一軒もなかったからだ。
 そんな折、夏休みの前に学校の推薦図書を販売する催しがあった。母にねだって、初めて自分で選んだ本のことをいまでも覚えている。プリントに書かれた数冊のなかから僕が選んだのは『おんぼろクッペ空をとぶ』(財団法人児童憲章愛の会)という本だった。新しい車を買った家族、その兄妹が下取りに出す前の古い車に乗って空を飛ぶ(たしか夢オチ)という内容。嬉しくて何度も読んだ。盛岡に帰省する車中でも読んで車酔いで具合悪くなったほどだ。
 中学生になって国語の成績が良かったのは、幼少期の読書量と無関係ではないだろう。それに気をよくして、3歳上の姉の部屋へと忍び込んでは本を物色。皆川ゆかの『ティーパーティー』シリーズ(講談社X文庫ティーンズハート)など、こんな面白い本が世の中にあるのかと夢中で読んだ。高校時代は部活にあけくれてほとんど読書はしなかったが、自分より本読みの友人から教えてもらって京極夏彦だけは抑えていた。やはり国語の成績だけはよかった。読書好きにしてくれた母に感謝しなければならない。そして大学進学時、学ぶ対象として興味があることは「文学」以外には考えられなかった。

ゆるやかな自殺

 このように自らすすんで隘路に迷い込んでいったような僕の人生だが、本を読み続けてよかったことは人生を一変させるような著者と出会ったことだ。就職してから読んで影響を受けた作家、本田靖春さんや外山滋比古さんの名前は方々で挙げさせてもらっているけれど、これまで人にあまり言っていない心に秘めたる作家が一人いる。

 大学1年生の夏。二十歳の誕生日を迎えて表面的にはそれなりに充実していたと思う。1年の予備校生活のすえに都内の大学に入り、多くはないが友達もできた。何かが変わるのではないかと期待して金髪にもしたし、田舎もんだと覚られないように着飾りもした。だけど、まったく楽しくなかった。その当時、つねに自分に付きまとっていたのは、自分が何者であるのかという根本的な問いだった。いくら悩んでもすぐには答えが出なかったし、これから何者かになってゆく自分を想像するだけで気持ちは暗く沈んだ。
 きっと何者でもありたくはなかったのだろう。他人との差異に一喜一憂する一方で、自分のやることなすこと、そのすべてに価値を見いだせなかった。そうして次第に、自分が自分として存在すること自体に疑念を感じていった。何かしらの行動を起こすと、もたらされる結果に対して意味づけすることに疲れ果て、何もしたくなくなっていった。いまの「この場所」がゴールであり、最高到達点であるような気がしてならなかった。これからの人生を傍観者として過ごす方法を本気で探して、見つけられず、あやうく自分探しの旅にでかけるところだった。旅先をハイテンションで見つける自分が、探している自分でないことはうっすら感づいていた。いまいるこの場所から逃れられないならばと、毛嫌いしていたタバコに手を伸ばしたのも、ゆるやかな自殺のつもりだった。
 それでも日々は変わらずつらい。周りを見れば、みんな楽しそうにしている。自分はそれに合わせていた。みんなが信じる価値観が正しいと、どうしてみんな信じられるのか。そんな疑問を抱きながら、それでも枠組みからはみ出せない自分。

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