遠い地平、低い視点

【第28回】やな女とこわい女

PR誌「ちくま」10月号より橋本治さんの連載を掲載します。

 七月の都知事選に現東京都知事の小池百合子が立候補した時、「やな女だ」という声を結構聞いた。意外だったのは、「小池百合子だけは絶対にやだ」という女が多かったことで、「なんで?」と聞いたら、「だって、あっちこっち政党を渡り歩いてるじゃない」という答が返って来た。「え? そんなこと?」とこっちは思う。
 日本の政党で独自性が明確に存在するのは日本共産党だけで、他の野党はみんな「自民党周辺政党」と言ってもおかしくないようなもんだから、各種政党を渡り歩いて最後は自民党に落ち着くというのは、別に珍しいことではない。見方を変えてしまえば、「“ここはだめだ”という見切りがつけられる批判能力のある政治家」だと、言えないこともない。なんだか、「いくつも会社を変わって来た古手女に対する、会社定住女の偏見」のような気もする。言うんだったら、「男受けをしようとしてへんに媚びた声を出してるからいやだ」と言えばいいのにと思って、「小池百合子の地声ってどんなんだろう?」と思った。選挙演説を続けりゃ喉も疲れて、作り声の下から地声も出て来るだろうと思ったけれど、疲れて声がかすれても、彼女はあの声のままだったから、あれは「男に媚びた作り声」じゃなくて、地声による彼女の普通の喋り方らしいなということは分かった。
 どうでもいいようなことだけれど、日本の女の政治家の場合、「オヤジ受けがいい」ということが第一の要件のような気がする。「オヤジ受け」がよくないと「生意気な女」になって、仲間の政治家からもあまり相手にされない。「オヤジ受けがいい」だけで大臣になっているやな女がいくらでもいる中で、小池百合子だけが特別にやな女だとも思わなかったし、自民党議員だった小池百合子は、自民党側の推薦なし――というか「お前なんか出て来んじゃねェよ」的な無視を撥ね返して立候補したんだから、その点では「腹が据わった女」ではあると思うんだけれども、小池百合子を「やな女だ」と言う女に、「だって、彼女はオヤジの世界から出ちゃったじゃない」と言うと、「うーん……」と無言になっちゃう。「一人で戦う」というのは革新系――というか左翼系の女で、保守系の女がそういうことをするはずがないと思っていたのかなと、私なんかは思います。
 右であれ左であれ、女の政治家は孤独であるに決まっている。だから、オヤジに媚びる。左の方なら男を「仲間」と言ったりもするが、「この女に“仲間”と言われる男はたいしたタマじゃないな」という気はしてしまう。
 政治の世界は、「オヤジの背脂」を注ぎ足し注ぎ足し続けたドロドロのツケ麺のスープみたいなもので、トッピングにゴキブリの卵が浮いている。そこに入ったら「オヤジの背脂」に同化するしかない。男はドロドロのバカになって、女は背脂の上でポールダンスを踊るしかない(今回ひどいことを言ってるなと思いますが、その程度に嫌いな女の大臣が何人もいるんだよな)。
 男は孤独に弱いから、背脂チャッチャ系に勝てない。それを拒むと、「仲間がいない、頼りようのない負け犬」のポジションを押しつけられてしまう。だから、孤独に強い男は、政治の世界の中になんか入らない。でも女は、どこにいたって――たとえ家庭の中の主婦であったって、孤独だから、そのことに目覚めてしまえば強い。「小池百合子だけはやだ」と思う女とは別に、「私達に孤独を押しつけるオヤジの集団はいやだ」と思う女達が、東京にはいっぱいいたんだろうなと思うだけです。
 だからと言って、この先小池百合子が改めて「やな女」にならない保証はない。あの「猫っかぶり」と言われかねない丁寧口調を続けていたら、疲れてしまうだろう。「よそ行きの自分を作る苦労」は、たやすく人を――男女問わず「やな奴」にしてしまう。それで、「どうして日本には“こわい顔”をした女の政治家がいないんだろう?」と思う。中身が有能で優秀だったら、顔なんか関係ないじゃないかと思う。
 死んだ元イギリス首相のマーガレット・サッチャーや、キャメロンに代わった新しい首相のテリーザ・メイなんかはこわい顔をしている。顔なんか関係ないから、こわくてもいい。だからヨーロッパには美人の女政治家もいる。
 しかし、アメリカはまだ及ばない。オルブライトやライスといった前の国務長官はおっかない顔をしていたが、ヒラリー・クリントンは嘘臭い愛想を振りまいている。きっと彼女は、自分の笑顔が「やな女」のイメージを増幅していることに気がつかない。「笑顔」で言えば、自分のことをコメディアンと割り切った時のドナルド・トランプの方が自然でうまいが、アメリカの大統領を「愛嬌と押しの強さ」だけで決めてくれるなよとは思いますね。

 

この連載をまとめた『思いつきで世界は進む ――「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと』(ちくま新書)を2019年2月7日に刊行致します。

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