遠い地平、低い視点

【第34回】時間は均一に進んでいないの?

PR誌「ちくま」4月号より橋本治さんの連載を掲載します。

 日本の総理大臣がアメリカに行って就任早々の大統領と会談した翌日、北朝鮮がミサイルをぶっ放したのにはちょっと驚いた――というか、「あーあ」と思って呆れた。
「アメリカ・ファースト」の大統領は、同じ「アメリカ・ファースト」の日本の総理大臣と意気投合出来て、とても嬉しそうだった。友達がいない暴力的な寂しいガキ大将が、やっと友達と出会えて喜んでいるという感じが丸出しの、二人の握手姿だった。そういう姿を見て、「なんで俺だけ仲間はずれにするんだよ」とばかりに、これまた友達のいないガキ大将である北朝鮮がミサイルをぶっ放した――そのようにしか私には見えなかった。
 北朝鮮と言えば、「俺も友達にしてくれよォ、仲間に入れてくれよォ」という思いを抱えたまま口に出来ず、ハタ迷惑な暴力行為でウサ晴しをしていた不良の中学生のように思っていたが、いつの間にか世界は「人の言うことを聞かない中学生がイニシアティヴを握るもの」になったような気がする。
「いい年して中学生かよ」と思って、改めてその前から気になっていた韓国のことと重ね合わせて考えてしまった。「朴槿恵大統領が、友人である一介の民間人の崔順実の言いなりになっていた」ということが暴露されて、「百万」と言われる単位のデモ隊が抗議活動を起こし、大統領は弾劾裁判にかけられるという、例の韓国のことである。「日本のデモはパッとしないが、韓国の民衆運動はすごいなァ」ということではない。人の波が青瓦台の方に押し寄せて行くニュース映像を見て、「これって、十九世紀の光景か?」と思った。
 崔順実の事件は、「後宮の女官が皇帝を意のままに操った」という種類の事件と同種である。「そんなことが二十一世紀の文明国で起こるのか」と思った。あれは、「民主主義の大衆行動」というようなものではなくて、「王宮の腐敗に怒って立ち上がった民衆の姿」という、十九世紀的なものだもの。「下は民主主義になっても、上は王朝政治のままなのか」と、韓国のことを思った。
 インターネットが世界を結んで、SNSはたやすく「全世界同時発信」なんてことをして、世界は大きくて平らな一枚のテーブルになったみたいに思われかねないけれど、表面は平らで均一のように見えて、その薄い一枚板の下は、「これまでの時間の経過」が積った結果で、デコボコだなァと思いますね。だって、金日成、金正日と続いた嫡流の長男の金正男がマレーシアの空港で暗殺されるっていうのは、「落城の大坂城から逃げのびた豊臣秀頼の暗殺を、徳川家康が服部半蔵に命じた」と同じくらい時代錯誤的だもの。「なんという恐ろしいことを」である前に、「今時なにやってんの?」の驚きに近い。
 表面上は「現代」という顔をしても、その内情は各国均一じゃない。自衛隊が行った南スーダンじゃ、大統領派と副大統領派が二つに分かれて銃撃戦を演じてる。よく考えりゃ、近代以前の十九世紀レベルの状態じゃないか。
 世界中には、いろいろな「時計」がある。近代という時代を示して引っ張って来たヨーロッパ製の時計は、ネジが切れたのか、もう先を示せなくなった。「ヨーロッパに於ける極右勢力」というのは、進んで行く「近代」の時計の陰でおいてけぼりを喰わされていた、同じ国内の「周辺の土着」が、遅れていた「自分達用の時間」を進めるために、新しい時計のネジを巻き始めたというのに近いのだろう。
 かつては「後進国」として取り残されていた国々が、経済発展のおかげで「先進国並」を当たり前に主張する。でもそれが実現されたら、多分、地球は過飽和状態でぶっ壊れる。今や、それを知るのが「先進国水準」だけれど。
 自分達の都合だけで物事を進めて、それでうまく行くとは思えない。もう、国と国、文明と文明の緩衝地帯であるような「フロンティア」は消滅していて、一国のエゴは簡単に他国と抵触して怒りを買う―勝手に自国の空港で殺人事件を起こされたマレーシア政府が、それまで友好的だった北朝鮮にストレートな怒りをぶつけるように。
 衝突を起こしたら、その先は「戦争」なのか? しかし、二回の世界大戦を経験した世界は、「本格的に戦争を始めたら莫大な被害が出る」ということをもう知っている。「没落せずになんとか繁栄を」と思う国は、戦争という選択肢を取らず、威嚇のためにやたらの金を注ぎ込んでいる。世界は、動きの取れない三すくみ状態にあって、それでも「なんとかなるんじゃないか」と思う「遅れた時間勢力」は、イニシアティヴを取ってどうにかしようとしている。世界をリードした時計が止まったのは、自分達の時間だけを進めて「遅れている部分」を省みなかった結果だから、そこで「我こそは――」をやっても結果は知れている。

 

PR誌「ちくま」4月号

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