遠い地平、低い視点

【第25回】東京都民は--

PR誌「ちくま」7月号より橋本治さんの連載を掲載します。

 東京都知事の舛添要一のせこさが大評判だ。あまりにもせこいので、みんなあきれて「辞めろ」とも言えない。「法的責任」など口にするのも愚かなくらいせこい。
 東京都知事なんだから、海外に視察旅行をするのに、飛行機はファーストクラスで、三つ星や五つ星の高級ホテルに泊まったってかまわないと思う。かまわない、かまわない。なにしろ、東京の都知事だもの。ニューヨーク市長が同じことやったって文句言われないだろうなと思うけど、果してニューヨーク市長は「海外視察」なんてことをするんだろうか? ロンドン市長でもパリ市長でも、カリフォルニア州知事でも。「視察」というのは後進地域の首長がするもののような気もするけどな。
 まァいいけど――東京都知事だから。世界に冠たるメトロポリスだから、東京都知事がファーストクラスで全然いいですよね。でも、その知事が国内で会議をするとなると、千葉県の温泉ホテル? 都庁近くの西新宿の高層ホテルのスィートルームじゃないんですね(都知事になる前だけど)。
 家族を会社の役員にして、家族揃って外食をした費用を「会議費」で落とすというのは、中小零細企業の社長クラスがよくやることですが、舛添くんは「自分のあり方」を「中小企業のおっさん」として捉えているらしいですな。だから、「会議費」として計上されたホテルの宿泊代が、家族何人かは知らないが、一泊十万円程度というのはねェ。三人家族で朝夕の食事付きの温泉観光ホテルが一人一泊三万円くらいというのは、正月のハイシーズンだったりすると、安いでしょう。普通のオジサンやお兄さんだったら、それくらい自費で出すよね。「それくらいなら出せる」という観光ホテルだから、TVでCMをバンバン流すんだろうしな。
 海外で高級ホテルに泊まる東京都知事が、そんなクラスのところに泊まってたんですね。政治資金で。家族と外食して、一人前が一万円ちょっとの額って、普通のオッサン家族でも、出す人は自分で出しますよ。テレビじゃタレントが「一人前二万円の設定金額にどれだけ近づけて料理を注文出来るか」なんていうことを競う番組だってあるしね。私は「一人でそんなに料理を食う必要あるのか?」とは思いますけど、都知事クラスの人なら一回二万や三万の外食も不思議ではないように思いますが、どうしてそういう贅沢をしないんだ? 海外なら三つ星だろう?
 都知事になる人が、「ウチはちょっと高級な材料使ってますから、お支払いが一人一万を超すこともありますね」という回転寿司行って、「会議」してていいのか? 一人一万円くらい自分で払えよ。しかも、年に数回だなんて。家族思いなら、もう少し外食の回数を増やしたらどうでしょうかね? 国内消費を回復させるためにも。最初の「え?! 家族で飯食って会議費? しかも一人一万円?」と聞いた時に、そのせこさに唖然として、「辞めろ」という気も湧かず、「はいはい、どうぞお続けになって下さい。出て来たら横に“せこい”ってルビ振るだけだな」と思うばかりです。
 それにしてもすごいのは、東京都ですね。舛添くんの前の都知事は、「何千万円かの金がこのカバンに入るかどうか」という、バカげたことを人前で実演して、任期途中で辞めざるをえなかった猪瀬直樹で、その前は「やっぱ国政に戻るわ」でこれまた任期中に投げ出した石原慎太郎で、その前は「都市博中止!」だけを訴えて当選して、都知事になって都市博中止を実現させた後はなんにもしなくて、「無為の窓際オヤジ」と化してしまった青島幸男ですからね。
 舛添くんの前任者は三人とも「作家」で、舛添くんも「国際政治学者」だから、一九九五年の青島知事誕生以来、都知事はずーっと「文化人政治家」なんですね(「文化人」「文化人」、「文化人」ね。日本にはアンドレ・マルローなんかいないっつうのにね)。
 青島幸男の前の都知事選は、再選を目指す現職鈴木俊一とどっかの政党が担ぎ出したNHKのキャスターおじさんで、鈴木俊一は「私は年寄りじゃない」と言わんがため、演説会のステージ上で体を曲げて「指が床に届く」を実演し、キャスターのおっさんは銭湯で他人の背中を流して「気取ってないですよ、庶民的ですよ」をアピールしてた。結果は床に指が届いた鈴木俊一の勝ちで、「なんという低レベルな戦いだ」と当時は思ったけども、文化人じゃないただのオッサン政治家の方が東京都には向いてんのかもしんないですね。
 東京の人間は気取ってるから、スマートそうな気がするように見える文化人系の候補が出て来るんだろうけれど、どうせ舛添は反省しないんだから、都民の方で「気取ってちゃだめだな」と反省すべきだな。
 

この連載をまとめた『思いつきで世界は進む ――「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと』(ちくま新書)を2019年2月7日に刊行致します。

関連書籍