ちくま学芸文庫

周縁者が参加できる組織の条件

福島真人著『学習の生態学』解説

医療現場、原子力発電所など、一つ間違えば大きな事故が生じうる組織において、学習はどのようになされるか――。組織という具体的文脈のなかでの学習を読みとく『学習の生態学』。熊谷晋一郎氏による本書の解説を公開します。

 

評者と、本書『学習の生態学——リスク・実験・高信頼性』との出会いは偶然だった。二〇一一年に東日本大震災が起きた数か月後、知り合いの編集者から「この出来事を解釈するために読むべき本を一冊挙げ、それを解説してほしい」と依頼され、さて困ったと、行きつけの書店で色々な本を立ち読みしていた時に、偶然、この本を見つけたのである。

読了後、編集者から依頼されたとおり、東日本大震災という未曽有の出来事と関連付けながら、短い解説を書いた。しかし私はもう一度、この本を違った心持ちで再読したいと思い、実際に、数回ほど再読した。なぜなら、この本に書かれている内容が、東日本大震災よりも前から、意味づけできずに疼き続けていた個人史に、ひとつの解釈枠組みを提供してくれるかもしれないと直感したからである。

評者は、脳性まひという生まれつきの身体障害をもっている。排泄、入浴、着替え、掃除など、身の回りのほとんどのことを独力で出来ないので、ほぼ二十四時間、入れ代わり立ち代わり、複数人の介助者に手伝ってもらいながら暮らしてきた。大学では医学を学び、小児科医としての臨床経験を十年ほど重ねた後、研究者の道を歩み始めた。研究テーマは、「当事者研究」である。これは、精神や身体に障害のある人々が、自らの抱える困難について、日常生活の中で研究するという、日本で生まれたユニークな在野の実践である(熊谷、二〇二〇)。

こうした来歴からもお分かりのように、評者は、この本を研究史的に位置づけるような専門知識を有してはいない。実際、その作業は、著者自身の解題で詳細に行われている。評者がこの解説で試みようと思うのは、本書が、評者自身の過去の疼きをどのように鎮めたのか、言い換えれば、本書を、評者自身の個人史という文脈の中に位置付けるというささやかな作業である。

   *

先ほど述べたように、評者は小児科で臨床医の仕事をしてきた。医師には、研修医としてのトレーニング期間がある。評者は二〇〇一年に研修医となったのだが、この年は、特定の障害を有する人は医師になれないという欠格条項が廃止された翌年にあたり、残念ながら日本では、障害を持ちながら小児科研修をしてきたロールモデルは皆無だった。

評者の研修医生活は、お世辞にもうまくいったとは言えず、試行錯誤の連続だった。朝一番に研修医がしなくてはならないこと、それは担当する患児の採血である。当たり前だが、他人に針を刺して血を抜くなどという行為は、それまでの人生で経験したことがない。失敗すれば辛い思いをさせてしまう。手技がまずくて後遺症を遺すようなことになれば、私だけでなく、上司や病院にも重い責任を負わされる。

こうした緊迫した状況は、私が障害を持っていようがいまいが変わらない、研修医が誰でも経験する普遍的なものだ。ただ、障害のある研修医としての評者が置かれた状況は、同期の研修医とはいくつかの点で違ってもいた。例えば、採血の仕方を学ぼうと教科書をめくると、正しいとされる手技が写真付きで説明されている。しかし評者には上肢の機能障害もあるため、その写真のように注射器を持つことも、駆血帯を患児の腕に巻くことも、できないのだった。職場で共有され、受け継がれる技は、健常な身体の仕様にカスタマイズされているのである。

落ち込んではいられない。なんとか採血をできるようになろうと、評者は自分なりに創意工夫を重ねた。例えば、採血できるようになるための自助具を自作しようとした。勤務終了後も開いていた一〇〇円ショップで材料を買い集め、秋葉原で注射器のシリンジを引くためのモーターを手に入れ、オリジナルの自助具を組み立てた。その自助具を使って、詰所で親切な先輩の腕を借りて採血の練習を重ねた。練習ではある程度うまくいくのだが、いざ本番となると、壁が立ちはだかった。

まず、この自助具はお世辞にも立派なものとは言えず、名状しがたい見た目をしていた。医療現場において研修医という存在は、ただでさえ「また失敗するのではないか」という視線を、同僚や患者、その家族から向けられる。評者の場合は、障害や車いすといった部分で、注がれる視線はよりいっそう厳しくなる。そこに来てさらに、得体の知れない道具を持参している。評者の「研修医」「障害者」「奇妙な道具を持参」という幾重にもなった負のステイタスは、厳しい周囲の視線と、それを内面化した自己監視の視線を媒介にして、ただでさえ緊張度の高い評者の体を、より一層こわばらせた。結果、練習の時のようにはうまくいかず、再び失敗を重ねてしまったのである。

それでも何とか気を取り直し、再び一〇〇円ショップに行って自助具の改良を試みたが、自助具の機能よりもむしろ奇妙さがアップデートされるばかりで、視線もより厳しくなりうまくいかない、という悪循環に陥った。「果たして私は、このまま医師の道を志して良いものか」(1)「周囲に助けてほしいということは、私のわがままなのではないか」「自分で何とか頑張るか、さもなければ諦めるしかない」と、追い詰められていった。全身の免疫力が落ち、皮膚のあちこちからカビが生え、朝も起きられなくなった。

   *

研修医になって2年目、評者は忙しい民間病院に異動になった。とにかく忙しいため、現場を回せる医師を一人でも増やすべく、上司は評者を早く一人前にしたいと思ったようだ。採血という基本的な手技すらおぼつかない評者を、一日中、外来処置室に張り付かせ、ひたすら採血を行う役割を与えた。採血を待つ赤ちゃんや子どもが、次々に処置室に運びこまれる。その状況を前に動揺する評者に対して、上司はひとこと、「私だって、赤ちゃんの採血は難しい。何かあったら責任を取るから、思い切っていきなさい」と耳元で囁いた。

この上司の言葉を聞いて、こわばっていた私の身体の緊張がゆるみ、研修医になって初めて採血に成功した。経験豊富な医師でも失敗することがあると共有してくれたこと、そして、失敗に伴うリスクを上司が引き取ってくれたこと、この2つが、評者に「実験的領域」(本書203ページ)を切り拓いてくれたのだともいえる。

また別の上司は、「お前が医者をやれないような病院なら、患者が死ぬ」という言葉を評者にくれた。その上司は、教科書に記載してある「一挙手一投足といった具体レベルの正しいやり方」にこだわることの危険性を伝えたかったようだ。例えば採血という技を例にとると、「患者も血液も傷めることなく血液をいただく」という、抽象度を上げた目的に焦点を当て、そこは譲ってはならない。しかし、目的を達成するための手段については、一つのやり方に固執せず、多様な選択肢を確保しつつ状況に応じて柔軟に選ぶほうが良い。教科書通りにはいかない不測の事態やトラブルが次々に生じる中で、確実に目的を達成しなくてはならない現場では、手段の冗長性が重要だ。そして同時に、この冗長性は、教科書通りに手足が動かない評者を、チームの一員として迎え入れてくれる前提条件でもあった。「お前が医者をやれないような病院なら、患者が死ぬ」という上司の言葉は、手段の冗長性が、「インクルージョン」と「組織の目的達成」に共通する条件であるという意味だったのだろう。

なにも障害の有無だけではない。「あの医師は、腕はいいが患者受けが悪い」「あの医師は、優秀だが一度寝ると二度と起きない」など、メンバーは皆、癖や弱点、得意な面を持っている。機能する現場に必要なのは、それらの個人情報を共有することだ。タスクやトラブルが起きるたびに、トラブルの第一発見者が多様なメンバーを即興的に招集し、最適なチームを築かなくては、忙しい現場は回らない。そのためには、平時から隅々まで互いのことを知っておいた方が良い。

そういえば異動したばかりの頃、同僚たちは、評者の身体のことや、趣味や、休日の過ごし方について、機会あるごとに気さくに尋ねた。そして、一緒に仕事をする間にも、繊細に評者の身体機能や判断の癖などを探られている感じがした。個人情報を深く交換し合うことが前提の職場で、評者も、口で注射器をくわえる独自の採血スタイルをチームで共同開発することになった。目的を達成するための方法を誰も知らないときに、試行錯誤しながら一緒に考えてくれる実験的態度の存在は、評者にとって何よりもありがたかった。

   *

「お前が医者をやれないような病院なら、患者が死ぬ」――崖っぷちにいた評者をぎりぎりのところで支えてくれた上司の言葉だ。本書は、学問的なアプローチによってこの言葉の意味を落ち着いて再検討する視座をくれるものだった。

事実、評者自身が、研修医の一年目と二年目を比較し、二年目の病院に存在していた条件を特定するためには、実験的領域を不可能だと一蹴するベッカーからも、実験的領域がすでに制度化されているというレイヴ+ウェンガーからも距離を置き、実験可能性は組織ごと、状況ごとに変わり、歴史的にも変動するという筆者の理論が不可欠である。上記のように、評者があの時のことを、失敗、リスク、冗長性、実験といった概念で記述できるようになったのは、本書を読むことができたからにほかならない。

本書は、障害だとか、多様性だとか、評者が個人史的にも職業的にも取り組んできたテーマを直接には扱っていない。しかしダイバーシティとパフォーマンスの両立を求められる多くの組織にとっても、有益な知見を与えてくれると感じている。

 


(1) 患者の人生経験と類似した人生経験を持つ医療者が担当した場合に、医療サービスに対する患者の満足度が高くなることを「医師-患者コンコーダンス効果」という(Meeks and Neera, 2018)。先行研究では、ジェンダーやエスニシティ、LGBTの領域でこの効果が確認されている。障害のある医療者についても同様の効果が期待されてはいるものの、十分な研究はまだない。

参考文献
熊谷晋一郎(二〇二〇)『当事者研究――等身大の〈わたし〉の発見と回復』岩波書店。Meeks, L.M., and Neera R. Jain, N.R. (2018) Accessibility, Inclusion, and Action in Medical Education: Lived Experiences of Learners and Physicians with Disabilities. Association of American Medical Colleges.


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