もし、あなたの周りにあなたと同じように文章を書くのが好きな人、書くことに興味がある人がいて、その人と共有できる時間をあなたが持っているなら、ここでちょっとしたアナログなゲームをしてみましょうか。
2人、あるいは3人か4人かわかりませんが、ゲームプレイヤーみんなの見えるところに、対象物を置きます。盛り付けられた野菜サラダ(今回はどうしてだか、サラダに拘ってしまう)でも、花瓶とバラの花でも、犬のぬいぐるみでも、推しの写真でも、玩具のムカデでも、どこかで拾ってきた大きな石でも、何でもいいです。
それを字スケッチしてみてください。まずは、見たまま嗅いだまま聞いたままを書き取るのです。これには、制限時間を決めますか。ゲームなんですから。
じゃあ、例えば5分と決めましょう。
5分間、あなたはノートなりスマホなりに、目の前の対象物を文字で写し取ります。
できましたか? では、それを他の誰かの書いたものと比べてみてください。お互いに音読するもよし、交換して精読するもよし。
目の前にあるのは、全く同じ物なのに、同じように見て、嗅いで、聞いていたはずなのに、微妙に違っている、いや、微妙を超えてかなり違っている。驚きだ。
わりと高確率で、そんな状況になるのです。なって当然、それが感性の違い、表現の違いなのですから。書き手によって、物の姿が変わっていく。まあ、考えてみれば絵画だってそうですよね。絵画ほどわかり易くはないでしょうが、字スケッチでも個々の違い、何をどう捉え、どう表すか、その異なり方がおもしろかったりもするのです。もしかしたら、相手のスケッチの内にあなたの知らない相手の一部分を感じたりするかもしれませんね。
わたしの拙い文章では上手く伝わらないかもしれませんが(え? 待て、あさの。それって大問題じゃないの。おまえの職業は何だ? 伝わらないかもなんて、へらっと言ってもいのか。うわっ、冷や汗が出てきた)、これ、わりと笑えるゲームなんですよ。他人とのズレや違いを厭うたり、拒んだりするのではなく、愉快だと感じ取れる心さえあれば、楽しいし笑えます。おもしろいです。
ということで、さらに段階を進めていきましょう。
ただ、スケッチはここで終わりです。忠実に正確に風景を写し取るという意味では、ですが。ええ、ここからは、創作、つまりフィクションを混ぜ込んでいきましょう。
あなたの想像力と創作力と現実を混ぜて、こねて、現実に似て非なる形を作るのです。あら、スケッチじゃなくて造形に近くなりますね。
フィクションの部分は大きくても小さくても、いいです。現実と繫がっていて、一読しただけではフィクションの部分がわからないものでも、ファンタジー要素が強くて明らかに現実との色分けができるものでも、その中間でも、ミステリー仕立てになっているものでも、あなたにお任せです。
あ、でも、完結するストーリーは考える必要はありません。物語として成り立っていなくていいのです。起承転結も序破急も筋書きも、まずはどこかに片付けて、ただ、ただ、書いてみるのです。下手にまとめようとすると、表現の広がりを阻害することになりかねません。今は、自分の言葉、自分の表現を育てるときです。無難にまとまっただけの、よくある上手なお話など捨ててしまいましょう。
あなたが「自分の言葉だ、自分の想いだ」と、そう思えるような文章を生みだすため、それだけを心に留めてください。
〈サラダの描写2.0〉
今朝、わたしは野菜サラダを作った。母と弟に食べてもらいたいと思ったのだ。ブロッコリーは少し茹で過ぎたけれど、キャベツの千切りもトマトの切り方も上手にできた。ついでに、カフェオレも作ろう。コーヒー類はそんなに好きじゃないけれど、香りは好き。心がすっきりする。ミルクがたっぷり入った温かなカフェオレをわたしと母の分2杯、作ろう。
とても天気のいい日で、空は青く、窓ガラスを通して光が差し込んでくる。見慣れたキッチンやリビングが、何だか豪華に見えて、わたしは少しうきうきしていた。
そのとき、真っ白な猫が庭をよぎった。
ほんとうに、真っ白で全身が太陽の光を浴びてきらきら輝いている。
あれ? と、わたしは思った。
この猫、どこかで見たことある気がする……。
〈クラクションの描写2.0〉
黒のセダンがクラクションを鳴らし、ものすごい勢いで曲がり角に消えてすぐ、パトカーのサイレンが聞こえた。それは、あっという間に近づいてきて、パトカーが現れ、あっという間に角を曲がって行った。
「ねえねえ、あなた」
おばあさんが、わたしに声を掛けてきた。
「何があったんでしょうね」
「さあ……わかりません」
「わからないわよね。でも、パトカーが追いかけているんだから、あの車の人、何か悪いことをしたんでしょうね。殺人とか、強盗とか」
わたしは、こんなおばあさんが、さらっと「殺人」なんて言うのに驚いてしまった。
と、いろんなものを詰め込んで書いてみてください。
ここも段階を踏んで進まなきゃいけないというルールはありません。ずっと、思いついた単語を書き連ねていてもいいし、最初から、フィクション混じりの文章に挑戦してみてもいいと思います。ただ、その場合も、なにを題材として書くかということだけは決めておいてください。決めておくのは、そこだけで十分です。
ということで、スケッチと造形とができたら、ほぼ大丈夫です。あなたはあなたを表現する力を手に入れようとしています。
字スケッチでゲームをし、さらに遊びの要素を取り入れてみよう