俺たちはどう生きるか

【第3回 美容】セルフケアとしての美容──俺たちはなぜ自分を雑に扱いがちなのか〈前編〉

今回のテーマは「中年男性と美容」。若いころと比べて肌がたるんできたり、シミができてきたり……。スキンケアが必要かなと思うものの、知識も経験もほとんどなく、むしろ「おっさんのくせに」とバカにされないかと、自意識がネガティブ方向へ向かってしまう。そんなこんなで、自分のカラダを雑に扱いがちなミドル世代。「セルフケア」を身につけるにはどうしたらいいのでしょう?  

美容にまつわる中年男性の悩みと傾向

 美容=女性がやるもの。今の時代、そんな風に思っている人はさすがに少ないと思います。YouTubeやTikTokの世界では男性の美容動画がそう珍しいものではなくなったし、アスリートである大谷翔平がコスメブランドの広告に起用されたことも、男性と美容の距離が縮まってきていることを示すひとつの象徴だった気がします。

 とはいえ、そこにはジェンダー差が色濃く存在していることもまた事実で、スキンケア商品に代表される「基礎化粧品」の市場規模で言えば3倍以上の差があるし(女性=1兆5193億円、男性=4554億円/ホットペッパービューティーアカデミー調べ・2023年)、男性間でも世代差があり、美容への意識が高まっているのは若い世代が中心だと思われます。そんななかで、中年男性たちは美容という問題とどう接しているのでしょうか?

  • 毎週走っているが、最近肌のヒリつきがひどく、日焼け止めを塗るようになった
  • 娘に言われ風呂上がりに化粧水を使っているが、今さら意味があるとは思えない
  • 美容にこだわりはないが、ハゲるのが怖いので育毛系のシャンプーは使っている
  • 日傘に興味はあるのだが、「おっさんのくせに」と思われそうでまだ挑戦できない
  • 営業職は身だしなみが大事で、口臭や体臭予防に各種スプレーを持ち歩いている
  • シミやたるみなど、同級生の急速な〝おじさん化〟を見て何かせねばと焦っている
  • 男友達と久しぶりに集まったら、飲み屋の個室に加齢臭が充満してショックだった
  • 自分の老化が著しく、昔どころか5年前に買った服すら似合わなくなってきた
  • サウナと筋トレにハマり中。美容と言えばそれくらいで、その他はよくわからない
  • 一度オールインワンのクリームを買ったが、それきりでなかなか習慣化しなかった

 これらは中年男性から見聞きした美容にまつわる体験談です。この連載では毎回テーマに沿ったお悩みを紹介していくのですが、美容の問題は自覚している部分が小さいためか、男性同士の会話のなかで具体的なエピソードが飛び交うことはあまりありません。なので、ここで列挙した事例には身近な人に話題を振り、なかば「聞き出す」ような形で答えてもらったものもあり、切実さの度合いは人によってまちまちかも……というのが正直なところです。

 ただ、そういった解像度のバラつきも含め、ここには中年男性の抱えるリアルがいろいろ詰まっているように感じます。例えば事例に出てきた「おっさんのくせに」と思われそうな恐怖はおそらくある種の〝あるある〟で、「痛々しい」「モテたいの?」「気持ち悪い」「他にやることあるだろ」などと言われたわけでもないのに、自意識がネガティブ方向に働いてしまうような傾向が、話を聞かせてくれた人の多くに見て取れました。また、ずっと続いていたであろう加齢による変化が、意識し始めた途端「突然の衰え」のように感じられて焦る……といった感覚も身に覚えがあるし、シミとかニオイとか肌のヒリつきとか体重の増加とか、はっきり自覚できるようなサインが現れたときに慌てて対策し始めるというのも、男性に顕著な傾向のように感じられてなりません。毛髪だけにやたらと意識が繊細なのも、何かとスプレー的なものでコーティングするという対策になりがちなのも、面倒くささゆえオールインワン的なものを求めたりするのもすごくわかるなって思うし、サウナや筋トレが象徴するように、ボディメンテナンスにどことなく〝修行〟っぽさを求めてしまうのも男性にありがちな感覚ではないでしょうか。

 いろんなところに衰えや不調が出始め、ケアやメンテナンスの必要性をうっすら感じているものの、自分の身体を細かく観察し、その現在地を把握するという習慣を持たないがゆえに、何をどうしていけばいいのかがよくわからない。さらに、知識不足や経験不足からくる苦手意識や、「男なのに」「おっさんのくせに」といった規範意識などにより、美容に対する意欲や問題意識が育まれづらかったりもする。そういうなかにあって、つい自分自身を雑に扱ったり、「これをやれば元に戻る」「これだけやれば大丈夫」という〝リセット〟や〝一発解決〟的な方法に飛びついたりしてしまう──。先に挙げた事例からは、そんな中年男性たちの悩みや傾向が見て取れます。

無自覚かつ無頓着という地点からスタート

 私は現在44歳で、このような文章を書いておきながら、自分が中年男性であることをどこか受け入れられないまま日々を暮らしています。即座に「いやいや、すでに立派なおっさんだから!」とツッコミが入りそうで怖いのですが、正直な気持ちとしては、おじさんになることがとにかく怖い。それはおそらく、思春期に刻まれた〝嫌なおじさん〟像があまりにトラウマティックだったからです。

 その原体験となっているのが中高時代の体育教師たちで、体育会系の校風が色濃かった男子校において、「いつも怖い顔で圧をかけてくるおじさんたち」というのがそのイメージでした。授業中にいきなり大声で怒鳴り始めたり、遅刻した罰としてちぎれそうになるほど耳をつねってきたり……なんの前触れもなく竹刀で殴られたこともあったし、頭髪検査で髪をザクザクに切られたこともありました。こうやって思い出すだけで心臓がバクバクしてくるようですが、そんな体育教師たちはいつもタバコ臭く、いかにもなジャージ姿で、髪も肌もなんだか脂っぽく、日焼けのせいか常に浅黒い──といった風体をしており、「自分もいつかこうなっちゃうの!?」と、強烈な恐怖と嫌悪感が心身に刻まれていったように思います。

 そういう背景もあり、昔からある程度はスキンケアに意識的でした。実家では母親が使っていた化粧水をこっそり拝借し、歴代の恋人からはパックの使い方やリンパマッサージの心得を学びました。紫外線の威力を知ってからは外出時に日焼け止めを塗るようになったし、20代の後半には松田聖子が「とにかく洗顔が大事」と語っていたのを聞き、泡立てネットを使って顔を洗うようになりました。ここ数年は美容に詳しい知人のアドバイスなども参考にしながら、ネット通販で定期購入しているオーガニックの石けん、昔からの悩みであった皮脂のベタつきに効果的という化粧水、子どもたちにも塗っている保湿クリームなどを使って日々スキンケアを続けています。

 別段お金をかけているわけでもないし、研究熱心なわけでもない。適当に済ませてしまうことも多いし、今のやり方で合っているのか自信もない。それでも私は中年男性のなかで、美容に対してそれなりに意識的なほうに数えられるのではないかと思います。それは先の体験談を語ってくれた人たちも同じで、中年男性を見渡してみると、抱えている肌の不調やトラブルに自覚的であるとか、多少なりとも美容のためのケアをしているとか、それだけですでに意識的だと見なされ得るはず。先に「解像度のバラつき」と書いたのもそれで、潜在的な悩みは多々あれど、美容にまつわるもろもろに対してほとんど無自覚かつ無頓着な状態で暮らしている人のほうがまだまだ多数派というのが実態ではないでしょうか。

 この本を手に取っていただいた男性のみなさんは、普段スキンケアをされているでしょうか。普段、ひげを剃って肌が荒れたり、マスクのせいで皮膚がかさついたり、空気の乾燥で肌がうるおいを失ったりしたとき、何らかの対策をしている方は何割ほどいらっしゃるだろうか。めんどうだから何もしていない、という男性も多いと思います。このような本を書いた私自身、つい最近までスキンケアなどほとんどしていませんでした。肌の手入れなどしなくても、別に病気になるわけではないし、日常生活に支障はないからです。やるべきことは他にたくさんあるし、スキンケア製品を買うにはお金がかかる。現時点でとりあえず身体は問題なく動いているのだから、別にスキンケアなんかしなくていいや、と思うのはごく自然な感覚です。

 これは、『電車の窓に映った自分が死んだ父に見えた日、スキンケアはじめました。』(伊藤聡)という本の冒頭の一節です。アラフィフ世代の著者が、まさにタイトル通りの体験をし、そこから美容の沼にハマっていく様子がコミカルかつ実用的な筆致で描かれており、このテーマの重要な参考図書として後ほどじっくり紹介していけたらと思いますが、引用した箇所に共感する中年男性も多いのではないかと思います。

 アラフォー世代のサラリーマンがメンズ美容の扉を開く様子を描いた漫画『僕はメイクしてみることにした』(糸井のぞ=作、鎌塚亮=原案)でも、乾燥やテカリ、クマやむくみなど、加齢や不摂生によって生気を失った主人公の顔面に対し、「なおこの時点では、彼はまだ個々に示した点に気づいているわけではなく、変化を本能的に感じ取っただけであった」とト書きが添えられています。やはり「中年男性と美容」においては、無自覚かつ無頓着という地点からスタートせざるを得ないのがリアルな現在地なのだと思います。

男も女も基本的には同じ身体を持っている、けれど

 今回のテーマで考えてみたいのは「セルフケア」についてで、様々な本から知識や心構えを学び、美容を通じて自分を大切にする習慣を身に付けていけたらいいなというのが私からの提案です。でもそれは決して啓蒙のような目線ではなく、みんなで一緒に学んでいきたいというもの。仮に私が少しばかり美容に意識的だったとしても、それは単に〝中年の男性にしては〟という話に過ぎないからです。

 例えば美容雑誌なんかをのぞいてみると、その果てしない情報量にただただ圧倒されます。また、女友達が織りなす美容トークに耳を傾けてみると、まるで理解できない言語で会話しているかのようで、「仲良しだと思っていたけど、俺はこの人たちのことをほとんど知らないに等しいかもしれない……」という気持ちになったりもする。つくづく美容は、ジェンダー差の大きなジャンルだと痛感します。

 もちろん、その善し悪しは簡単に判断できるものではないでしょう。繰り返しになりますが、美容に関しては女性向けの情報や商品のほうが圧倒的に多く、その市場規模も桁違いに大きい。それだけ美容を楽しんだり追求したりできる幅や奥行きがあると言える一方、のしかかってくる規範も、男性の比にならないほど強烈なはずで、それが心身へのプレッシャーや、時間的・経済的な負荷になっている側面もある。

 言わずもがな男性はその裏返しの状況を生きているわけですが、よく考えたら女性も男性も同じ人間であり、それぞれ生物学的な特徴はあるものの、基本的には同じ身体を持っている。不健康にすれば病気にもなるし、誰にだって体臭や口臭はあるし、年齢を重ねれば肉体的な機能は衰えていくわけですよね。にもかかわらず、例えばニオイや衛生面、清潔感や体型維持などに関しても、男性にかかる圧力は女性に比べて弱いわけで(スキンケアをしない女性と男性がいた場合、女性のほうがよりマイナスに見られる、といった意味で)、これはある種の〝男性特権〟と言えるかもしれない。

 このように、社会規範やルッキズムなどの圧力が相対的に弱く、その呪縛やプレッシャーから比較的自由でいられる半面、身体のコンディションを観察する力や継続的にメンテナンスするという発想、またそのための知識やスキルなどが育たず、男性のほうが身体に対する意識が低くなっているという傾向が指摘できるのではないか。そこへさらに、「どうせおっさんだし」「今さら気にしたって無意味でしょ」というような、加齢に伴うあきらめが乗っかり、「気にせずに済む」という特権と「自分を大事にする方法がわからない」とネガティブ面の両方に拍車がかかってしまっている──。それが中年男性の置かれている状況ではないかと私は考えています。

 それを踏まえて、我々はどうしていけばよいのか。やはりまずは女性たちに学ぼうということで、後編では『美容は自尊心の筋トレ』(長田杏奈)、『いつになったらキレイになるの?〜私のぐるぐる美容道〜』(田房永子)、『40歳までにオシャレになりたい!』(トミヤマユキコ)といった本を紹介しながら、「自己理解」をキーワードにこの問題を掘り下げていけたらと思います。