心が病むってどういう状態?
脳も臓器である以上、常にベストパフォーマンスを発揮できるわけではない。ちょっとした体調不良で胃腸の調子が悪くなったりするのと同様、脳だって不調になることもある。
胃腸の調子が悪いときは脂っこいものを食べるのをやめてしっかり水分を取って休養し、必要に応じて胃腸薬の助けを借りるのもありだ。まずはしっかり休ませることが肝心だろう。
しかし、こと心のこととなると、やれ「気合が足りない」だの、「甘えだ」だの言い出すのはなぜだろうか。脳だって疲れるし、休ませることも重要だ。
この章では、心の不調の結果現れてくるさまざまな疾患に焦点を当てて、そのとき脳ではどんなことが起きているのかについて見てみよう。
ただし、僕自身は医者ではないので、臨床医学的な知識には不備があるかもしれない。したがって、ここに書かれていることを安易に鵜吞みにして、自己流で実践したりはしないでほしい。もし、本当に誰かの助けが必要なら専門家に相談するのをお勧めする。
メンタルの不調ってどんなもの?
メンタルの不調は「不安障害」や「気分障害」と呼ばれる疾患のことで、不安障害の中には、「 パニック障害」や「強迫性障害」などがあり、気分障害の中には、「双極性障害」や「大うつ」がある。双極性障害はいわゆる「躁うつ病」と呼ばれるもので、度を超えたハイテンションで活動的になる躁状態と、抑うつ的で無気力な状態を繰り返すことが特徴だ。大うつは、いわゆる僕たちがうつ病と呼んでいるものだ。その診断基準を表に示す。
表に示した9項目のうち「抑うつ」か「興味関心の減退」は必ず含んだ5つ以上の症状が2週間以上にわたって見られる場合には、うつ病と診断される可能性が高いということだ。ただし、これまで見てきたような体の病気によるものや、その治療薬などによって症状が見られる場合には、この診断基準はあてはまらない。
抑うつというのは聞きなれない言葉だけど、いわゆる気分が落ち込んでいる状態のことを指す。一見うつが抑制されていることなのかと思うけど、そうではない。でも、普通に生きている上で「今日は疲れたな、しんどいな、もう仕事辞めたいな」って感じることは誰しもあると思う。もしそれが2週間以上にわたって続く場合、心配し始めたほうがよさそうだ。
脳のはたらきが過剰になっている状態
「ちょっと待って。脳という臓器の不調だというけど、私は最近頭をぶつけた覚えもないし、記憶もしっかりしているから、たぶん脳も病気じゃないと思う。そもそもまだ若いし、体の他の臓器も問題がないように思える。でもどうしてメンタルが不調になるんだろう」と思う人もいるかもしれない。
メンタル不調というと、なんだか脳のはたらきが鈍っているような状態を指すと思っていないだろうか。「心が病んでいるので休む」と言うと、なんだか脳が怠けてしまっていると思われそうで、人に言うのに気が引けると思っている人も多いんじゃないだろうか。
実はその逆で、心が病んでいる状態というのは、脳のはたらきが過剰になってしまっている場合が多い。コンピュータで言えば、処理の重いアプリがいくつも立ち上がっていて、CPUがフル稼働してファンがウンウン唸っているような状態だ。
脳は、特に何にも取り組んでいない、ぼーっとしている状態でも常にはたらいている。よく「脳のアイドリング」状態と呼ばれている。その状態のときにはたらく一連の神経ネットワークが知られていて、「 デフォルト・モード・ネットワーク」と呼ばれている。このネットワークは脳が省エネではたらけるように、特段注意を払わなくても処理できるようにはたらいているとされていて、いうなれば常識とかカテゴリー化のような全自動的な処理をおこなっている。
これはこれで便利なのだが、ぼーっとしているときでも常に何かしら考えている状態――いわば雑念があるということでもある。人間の雑念の大半は過去への後悔と将来への不安であるというが、うつ病になりがちな人たちの頭の中では、「 あのときああしておけばよかった」というネガティブな考えが、ぐるぐると何度もよみがえってしまっている。
そういう人はあれこれと色々なことに気がつくので、知らないうちに同時にあれもこれもと考え過ぎてしまって、病気とはいわなくても脳が疲れて悲鳴を上げているのかもしれない。
デフォルト・モード・ネットワークは脳の省エネのためにはたらいているとはいえ、脳の全エネルギー消費量の大半を消費している。うつ病の患者では、デフォルト・モード・ネットワークが過剰にはたらいている状態のため、大量にエネルギーを消費してしまう、いわば脳が疲労した状態になっていると考えられている。
どうしたらこれを元に戻せるんだろうか。そもそもどうして脳のはたらきが過剰になってしまうんだろうか。
ひとつひとつ見ていこう。