昨日、なに読んだ?

File53.突然ぼくの前に現れた本
諸星大二郎『オリオンラジオの夜』、『音盤時代の音楽の本の本』、永井宏『マーキュリー・シティ』、戸川昌士『猟盤日記』、テッド・チャン『息吹』

紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホ、タブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。 【松永良平(ライター)】→→???

 突然、本は現れる。

 今年(2019年)の秋、VIDEOTAPEMUSICことビデオくんの運転で群馬の大泉や埼玉の西川口に行って近郊エキゾを探るという機会があった。取材のような、社会科見学のような一日。

 道中、タランティーノの新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の話になった。劇中でホセ・フェリシアーノが歌う「カリフォルニア・ドリーミン」(ママス&パパスのカヴァー)が流れる印象的なシーンがあるのだが、カクバリズム(ビデオくんが所属するレーベル)の社長である角張渉くんが、それをイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」と間違えて記憶していたという。そりゃすごい勘違いだよね、まだ69年には「ホテル・カリフォルニア」は存在してないのに、と車内はひとしきり爆笑に包まれた。

 「そう言えば、存在しないはずの『ホテル・カリフォルニア』が流れる漫画がありますよ」

 思い出したようにビデオくんが言った。それが諸星大二郎『オリオンラジオの夜』(小学館)。ある場所に行くと受信することができる謎のラジオ局、それがオリオンラジオ。その場所に行ってチューニングを合わせることができたら時空を超えて流れる曲が聴けるという設定を持つ一話完結の生活ファンタジー。描かれた時代はさまざまだが、選ばれた曲は諸星さんの人生に忘れられない痕を残したソングブックであるように思えた。

 こんなすごい漫画はきっとみんなの年間ベストに選ばれるはずと思ったが、あんまり話題になってなくて残念だ。以前に古今の音楽漫画を集めて紹介するという一冊『音楽マンガガイドブック』(DU BOOKS)を編集したが、あの本を増補改訂する機会があれば『オリオンラジオの夜』は必ず目立つところに入れたい。

 音楽漫画の本を作ってみてわかったことがある。もっとカラフルでポップで音が聴こえてくるようなブックガイドになるかと思いきや、そうならなかった。漫画家が音楽を扱うと、音楽が好きな人ほど隠しきれない自分自身の思いが作品の物語を超えて飛び出してしまう。勢揃いした作品を見て、音楽漫画って私小説なんだとぼくは感じた。

 ぼくは音楽漫画の本を出したけど、音楽について書かれた本だけを集めたガイドブックというのも世に出ている。尊敬する編集者、浜田淳さんが企画した『音盤時代の音楽の本の本』(カンゼン)。この本には筆者のひとりとしてぼくも関わっている。

 先日、茨城県のつくばで、今年復刊された永井宏さんの『マーキュリー・シティ』(mille books)をめぐるトークイベントに、windbellという音楽レーベルを主宰する富田和樹さんと一緒に出演した。そのトークの最中に、富田さんが突然『音楽の本の本』に収められた『マーキュリー・シティ』についてぼくが書いた文章をぼくの隣で朗読しはじめて、大いに狼狽した。だけど「そんなこと書いてたのか」と妙な感動もあったので、帰宅後に早速『音楽の本の本』をパラパラと再読した。戸川昌士さんの名著『猟盤日記』(ジャングルブック)について「日本版“ロウ(RAW)・フィデリティ”として戸川さん主演で映画化せよ」なんてことをぼくは書いていて自分で読んで赤面してしまった。

 ところで、突然だがぼくは『ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック』という本を12月17日に発売したところ。

 新宿の紀伊国屋書店1階のいい場所で平積みになっていましたよと知人が教えてくれたので、翌日確認しに行った。そこから一冊手にとって、自分でレジに持っていき、ひそかにムフフと思う、というのをやってみたい。すなわち『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』におけるシャロン・テートごっこ、みたいな。

 あれ? うろうろと数分ほど店内を回ってみても自分の本が見当たらない。シャロン・テートになりたいのに、これじゃ不穏な「店内じろじろおじさん」だ。ふと視線を下ろしたら、テッド・チャンの新作『息吹』(早川書房)がドーンと平積みされていたので、結局その『息吹』を買って店を出た。これじゃ「シャロン・テートおじさん」になるはずが、よくいるタイプの「SFおじさん」じゃないか。

 ぼくの本は灯台下暗しな感じの棚に置かれていたとあとで教わり、その週末にぼくはもう一度紀伊国屋書店に向かった。「シャロン・テートおじさん」になるために。

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