昨日、なに読んだ?

File.126. 好きなタレントが不祥事を起こしたときに読む本
太田光『笑って人類!』

紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホやタブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。今回のゲストは、『学校するからだ』『今日よりもマシな明日 文学芸能論』などで、文化を独自の視点で切り取る批評家の矢野利裕さんです。

 タレントでもアイドルでもお笑い芸人でもなんでもいいが、推しだったり応援していたりする芸能人が不祥事を起こして謹慎・自粛とかになるとなんとも言えない気持ちになる。先月、ウエストランドの河本太さんが、酒に酔ってタクシー運転手とトラブル、揉み合いになった挙句、運転手の腕に噛みつき、自身も前歯を3本折った、ということが報じられた。

 ウエストランドのことが好きだったので、そのことを知ったときはなんとも言えない気持ちになったが、とはいえ、喧嘩両成敗といったかたちですでに相応の決着がなされているとも報じられていたので、それほど気に病むことはなかった。思い出してみれば、過去には「いぐちんランド事件」なんてのもあったし、今回もほどなく笑い話になるだろうと楽観視しているのが正直なところだ。

 そもそも、ファンにとって河本の酒癖の悪さは有名である。『笑っていいとも!』の本番に遅刻したこと、府中競馬場のVIPルームを出禁になったこと、所属事務所であるタイタンの太田光代社長に無礼を働いたこと(ここで詳述はしないけど、なかなかドン引きのエピソードではある)、記憶にないまま車にひかれて手の指を折ったまま朝を迎えたこと……。河本さんの過去の酒の失敗を知っていれば、今回の件もさもありなんというところである。

 これら過去の酒の失敗は、ライターの吉田豪さんによるインタビューの際に詳しく話されているのだが、同インタビューにおいては、酒に酔った行動にかぎらず河本さんのどう考えても《おかしい》言動が次々と明るみに出てくる。

 厄介なのは、そのような河本の《おかしさ》をどこか魅力的に感じてしまうことだ。ドン引きするし怪訝にも思うけど、それと同時に、滑稽でバカバカしくも思える。いち視聴者としてバカにする気持ちとファンとして愛おしく思う気持ちが同時に到来する。今回のタクシーの件を知ったときもまた、「まったくバカだなあ」という感想とともにそのような両義的な感情を抱いた。まこと無責任で無関係な立場からの感想だ。

 ウエストランドはこの不祥事を受けて、4月30日(火)、事務所の先輩の番組である『火曜JUNK 爆笑問題カーボーイ』(TBSラジオ系)に急遽生出演をすることになったのだが、このとき、河本さんの謝罪のあとで太田光さんが言っていたことが印象的だった。

「我々は大衆芸能ですから。あと判断するのはお客さんです。/あんなヤツ許せないってお客さんに言われたらもうしょうがないんです、我々は。ましてやあいつらをかばっている爆笑問題が許せないって言われたら、俺らだってしょうがないんだから。それは大衆が決めることなんだから。我々、人気商売ですから。」

 似たようなセリフが、太田光さんによって書かれた長編小説『笑って人類!』(幻冬舎)のなかにもあった。『笑って人類!』は、ピースランドという国(日本をモデルにしている)の総理大臣である富士見幸太郎(社長シリーズの森繁久弥を彷彿とさせる人物)が、フロンティア合衆国(アメリカをモデルとしている)の大統領代理・アンとともに、混乱した世界を平和に導くべく奔走する壮大なエンターテイメント作品である。社長シリーズや植木等の無責任シリーズを彷彿とさせる昭和喜劇の雰囲気を抱えつつも、テロリストへの恐怖や偏見、AIをはじめとする科学技術とそれにともなう倫理の問題など現代的な主題を含み込んだ意欲作である。このヒューモアと現代性のバランスに、太田さん自身もファンであるカート・ヴォネガットの作品を想起する。

 そんな本作において、子どもの頃にコメディアンを夢見ていた主人公の富士見幸太郎は、次のように言う。

「私は相変わらず、大衆に見放されたら終わりの小さな政治家ですよ」

 本作のポイントは、人気商売であるという一点でもって政治家とコメディアンが重ねられていることである。富士見とその取り巻きによるコントのようなドタバタした掛け合いは、本作の大きな魅力だ。

 人気商売なのだから大衆に許せないと思われたら終わり――。これは裏を返せば、人気さえあればどんなことも許されてしまう、ということでもある。どんなに考えが合わなかろうが、どんなに間違ったことを言っていようが、その人にどうしても魅力を感じてしまうことがある。その人の《おかしさ》に対して怪訝に思っていたはずなのに、いつのまにか、その《おかしさ》を滑稽に思い、愛おしく感じてしまう。考えるべきは、この両義的な感情についてである。

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