佐藤文香のネオ歳時記

第34回「粗大ゴミ捨つ」「冬の鬱」【冬】

「ダークマター」「ビットコイン」「線状降水帯」etc.ぞくぞく新語が現れる現代、俳句にしようとも「これって季語? いつの?」と悩んで夜も眠れぬ諸姉諸兄のためにひとりの俳人がいま立ち上がる!! 佐藤文香が生まれたてほやほや、あるいは新たな意味が付与された言葉たちを作例とともにやさしく歳時記へとガイドします。

【季節・冬 分類・生活】
粗大ゴミ捨つ
傍題 粗大ゴミシール買ふ

 年末といえば大掃除、俳句的に言えば冬の季語「煤払(すすはらひ)」。可燃ゴミや資源ゴミに関しては、年末最終週の収集日を横目でチェックしながら、日毎にいそいそとまとめあげるのが我が家のやり方である。が、この年末はそれ以外に、もう捨ててもいいんじゃないかと思えるオオモノが、夫の部屋にあった。乗って体幹を鍛えダイエットにつながるはずの、馬型マシーン「ジョーバ」である。
 我々の結婚前の同棲は、私が夫のアパートに寄生するかたちで始まったのだが、そのとき夫の部屋にはなぜかジョーバがあった。加えて家庭用の簡単なランニングマシーンもあり、しかし夫の体型から察するにその効果のほどは全く見られず、どちらも非常に場所を取るので、私が住み始めるときにまずはランニングマシーンを捨てて私の居場所を確保した。ジョーバの方は、ものめずらしかったこと、きっと高価だっただろうことを考慮して残すことに。結婚後に二人で引っ越すときにもジョーバをどうするかは議題にのぼったが、「ちゃんと乗ろう」という約束で持っていくことにし、リビングに置いた。あるときは毎日30分と決めて乗ったりもしていたが、ジョーバは案外デカいのである。しかも重い。リビングでテレビを見ながら乗るためには、部屋の真ん中に置かねばならないが、私はジョーバがリビングの真ん中にあるような部屋に住みたかったわけではなかった。いつしかジョーバは壁際に寄せられ、畳み終わった洗濯物を一時的に載せるくらいの役目しか果たさなくなっていた。さらに、人が来るからと言ってジョーバを夫の部屋に無理やり運んだら、ただでさえ本で溢れかえっている夫の部屋では、ジョーバの上にまで本が積まれ始めた。それなら同じサイズの本棚の方がマシだ。
 というわけで、「ジョーバを捨てよう」と決まったのが2019年末。しかし粗大ゴミなのですぐに捨てるわけにはいかない。東京都23区においては、ウェブサイトから住所とゴミの種類を登録し、収集可能な日程を選ぶ。ゴミの種類はかなり細かく分かれているのだが、さすがに商品名は選択肢にないので「筋力トレーニング器具(高さ90cm以上)」というのにしておいた。選べる収集日は……2020年1月後半。おわかりだろうか。年末大掃除で粗大ゴミと決まったものは、年をまたいで松の内を過ぎてからでないとゴミとして出せないのだ。かくして、「粗大ゴミ捨つ」は晩冬のネオ季語と相成ったのである。
 粗大ゴミに分類されるような大きなものを捨てるのには決断力が要り、その決断力は年末や年度末、引越など生活の節目が来ないとなかなか発揮できない。ようやく決断したと思っても、捨てられる日までのタイムラグがある。その上、この時期は寒いので、朝早くから白息を吐きながらデカいものを玄関先まで運ばねばならないのもやっかいである。

〈例句〉
粗大ゴミ捨つ太陽系を出る前に  佐藤文香
粗大ゴミ捨てておほきな顔をせり
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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