佐藤文香のネオ歳時記

第32回「イルミネーション」「通帳記入」【冬】

「ダークマター」「ビットコイン」「線状降水帯」etc.ぞくぞく新語が現れる現代、俳句にしようとも「これって季語? いつの?」と悩んで夜も眠れぬ諸姉諸兄のためにひとりの俳人がいま立ち上がる!! 佐藤文香が生まれたてほやほや、あるいは新たな意味が付与された言葉たちを作例とともにやさしく歳時記へとガイドします。

【季節・冬 分類・生活】
イルミネーション
傍題 ルミナリエ 電飾

 12月に入ると、木々や建物の壁面に電飾がほどこされ、いかにもクリスマスが近づいてきたなぁという雰囲気になる。今では都会のおしゃれスポットだけでなく、地方弱小駅の駅前や各家庭のお庭などでも、さまざまな規模、美しさ(ダサさ)のイルミネーションが展開されている。クリスマスが終わっても、案外電飾は巻き付けられたままなので、「クリスマス」の傍題と思うよりも、単独で立項する方がいい気がした。
 イルミネーションの代表といえば、神戸のルミナリエだろう。阪神淡路大震災からの復興を祈念して1995年に始まったものだ。当時神戸市に住んでいたのだが、実は見に行かないままその2年後に愛媛に引っ越してしまい、見たことがない。家庭では見に行くことが議題に上がったのに、「眠いから行かない」と私が一蹴したために行かずじまいとなった。すでに小学校高学年だったにもかかわらず毎日律儀に21時就寝を守っていた私や、まだ小さい妹に、せっかく普段とは違う、ちょっと大人なお出かけを提案してくれた両親には悪かった。いや、今だって大してイルミネーションに興味があるわけではないのだが、自分のせいで家族の思い出をひとつつくり損ねたのは、単純に惜しいことである。
 イルミネーションとして設置されたものでなくても、この時期の夜の光は澄んで綺麗だ。十七時になればもうしっかり暗いので、夜の人工の光の群に囲まれる時間が長い。大学生のころ、付き合っていた男の子と私で、クリスマスに何をするかという話になったときのこと。当時どちらもお金がない上、いわゆる恋人スポット的に用意されたイルミネーションを見に行きたいというのでもなかったから、私たちが選んだのは、「ゆりかもめの先頭車両に乗ること」だった。別にどこへ行くわけでもなく乗り物に乗車することは、遊園地のアトラクションに乗るのと同じ種の興奮を、私たちにもたらした。東京の海辺を、新橋から豊洲まで。私たちを取り囲む光の景色を、私たちは見た。そしてそのあと、ふつうにスーパーで買い物をして私の家に帰り、彼は鶏を焼いて、パスタをつくってくれた。パスタにはパプリカが入っていた。ただの室内灯でもパプリカは光るから、これはさっき見た光たちの仲間だな、と思った。その年から10年以上経った今でも、これは私史上最高のクリスマス。まぁ、その相手にとってはベストクリスマスではないに違いないが……。とにかく、光の景色は、冬のものだ。

〈例句〉
イルミネーション彼女は君を忘れ得ず  佐藤文香
珈琲の豆は果実やルミナリエ