佐藤文香のネオ歳時記

第17回「ジム通ひ」「生ハム」【春】

「ダークマター」「ビットコイン」「線上降水帯」etc.ぞくぞく新語が現れる現代、俳句にしようとも「これって季語? いつの?」と悩んで夜も眠れぬ諸姉諸兄のためにひとりの俳人がいま立ち上がる!! 佐藤文香が生まれたてほやほや、あるいは新たな意味が付与された言葉たちを作例とともにやさしく歳時記へとガイドします。

【季節・春 分類・生活】
ジム通ひ
傍題 筋トレ ランニング始む

 郵便ポストを開けると、「今なら入会金無料!」というスポーツジムのチラシが。そうそう、今こそジム通いを始めようと思っていた。運動をしなくちゃ、そして1回限りじゃなく、ちゃんと生活リズムに組み込まなきゃ、と。4月から生活スタイルが変化して心身に余裕ができたり、新しいことにチャレンジしたりしたいと思ったとき、ジムに通い始めるのはちょうどいい。夏が近づくにつれて薄着になり、ボディラインがあらわになる機会も増えるので、春から運動を習慣づけて引き締まった体になっておけば、ためらわずにキャミソール(第一回記事参照)で街を歩けるというものだ。
 かつて私がジムに通い出したのは失恋がきっかけだった。次の素敵な人をゲットできるように自分を高めようという気概と、自分から離れていった男の子が悔しがるような若返りを成し遂げようという思い、そして何より、寂しい時間をできるだけつくらないようにするため、近所のジムに入会したのだ。はじめのころは、少しずつできることが増えるのが嬉しく、受付のお兄さんがかっこよかったこともあり、楽しく通っていた。しかし、だんだんと一人でコツコツ筋トレをするのにも、ランニングマシーンにも飽きてしまうようになった。とくにランニングマシーンは、どんどん速度を上げてしまい、すぐに疲れて3kmくらいでやめてしまう。結局、通うのがネックになってきたころ新しい彼氏ができ、同棲するためにその地を離れることになって、ジムは退会した。
 思うに、私のように他者に褒められることに依存して生きてきた人間は、ジムには向かない。逆に、毎日同じことの繰り返しに飽きない人か、自分で自分を褒めてあげられる、もしくは自分の筋肉を見て惚れ惚れできるような人は、ジム通い向きである。家でやる筋トレもそうだ。私は高校のころ俳句部員だったが、春になるとにわかに筋トレやランニングを始めて、スポーツテストでAがとれるように調整していた。なかでも腹筋は30秒間に32回というすごい速さでできた。でもそれは、評価される場があるからがんばっていたのであって、大人になってから腹は育つばかり、今では腹筋をしようとしても、肘が膝に届かないほど腹が出ている。体組成計で表示される体内年齢も年齢+2〜3歳。こういうタイプの人はやはり毎年スポーツテストをやった方がいい、と思って調べたら、「大人のスポーツテスト」というのがあるらしい。しかし、今参加したら体力も筋力もないのに全力を出してしまい、倒れるか肉離れを起こすかしそうである。
 目標を決めれば少しは走れるのではないかと考え、友人Sと5kmマラソンに出場した。練習はちょっとしかしなかったが、桜満開の川沿いを走るのは気持ちよかった。今後、続くといいのだが。

〈例句〉
ジム通ひ今日は杓文字を買つて帰る  佐藤文香
目が合ひぬ筋トレを外でやる人と
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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